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2010.04.06

ノンフィクション100選★ルポ・ライター事始|竹中 労

1981

文章を金に換える営為を、私は俗にいうトップ屋、無名のゴースト・ライターに徹することからはじめた。さらに誤解を恐れずにいうなら、活字の暴力を信じて売文という職業をえらんだ。〔…〕

よろず喧嘩、売ります買います。スキャンダル・メーカーと呼ばれ、ゴシップ屋と蔑称されることこそ望むところであった。〔…〕

それは今日的な情報社会において、“言論の自由”を闘うひとつの有効な手段であり、活字のテロリズムでマスコミを撹乱する存在理由を持つ。

〈言論〉〈暴力〉を対立する概念と規定するところから、文弱の思想が生まれ、戦後擬制の民主主義の迷妄は発する。

 

言論は暴力であり、武闘と文闘とは権力を撃つ双つの矛(つるぎ)であるという認識を私たちは持たなくてはならない。

さもないと、天下大乱に先立つ言論統制は、再びなべての反体制的言辞を容易に圧殺してしまうであろう。

――「言語暴力とは何か?」

★ルポ・ライター事始|竹中 労|日本ジャーナリスト専門学院/みき書房|19817

1956年創刊の「週刊新潮」から始まった出版社系週刊誌ブームには、“トップ屋”と呼ばれる梶山季之、草柳大蔵などのライターを輩出した。このうち「女性自身」の芸能担当が竹中労だった。竹中はルポ・ライターという肩書きにこだわった。

その竹中労『団地 七つの大罪――近代住宅の夢と現実』(1964)は、主婦向け月刊誌「二人自身」に連載され、新書判で刊行された。共著の『呉子』を除けば第一作であり、わたしが最初の手にした竹中本である。当時、4階建て、2DKの公団住宅に住む“団地族”は一種の憧れであった。のちに色濃くなる竹中の“思想”とは無縁だったと思うが、どんな切り口だったか記憶になく、古書店でも見つからない。

 つぎに読んだのは、『鞍馬天狗のおじさんは――聞書アラカン一代』(1976)だった。聞き書きというノンフィクションの分野を確立した。芸談と色懺悔。竹中作品では完成度の高い著作だ。しかしアラカンといっても、美空ひばりと共演の「鞍馬天狗 角兵衛獅子」しか見たことはなく(傍役になってからのヤクザものでの親分役は、もはや覇気のない老人という印象だった)、イメージしにくい昔話を聞くようだった。

『ルポ・ライター事始』(1981)は、日本ジャーナリスト専門学院ジャーナリスト双書の1冊として刊行された。いわば竹中労の半自叙伝である。ルポライター以前に地下鉄で永井荷風を見かけるところから始まる浅草・上野・横浜など青春・焼跡放浪記、ルポライターの履歴書としての毎夕新聞から「女性自身」ゴーストライター時代(7年間に150篇の芸能人などの手記を創作、代作)までの回顧など、雑誌連載の旧稿をまとめたもの。「週刊誌ジャーナリズムに手記というパターンを定着させ、“衝撃の告白”的スキャンダリズムの道をひらいたのは、けっきょく私だったとおもう」と書いている。

上掲「言語暴力とは何か?」など、ジャーナリストとしての志、心意気を説くところに主眼がある。それゆえ100選は本書とした。ちくま文庫版『決定版ルポライター事始』(1999)には、若い人に向けて「ダカーポ」に連載された「実戦ルポライター入門」が収録されている。この「実戦」もそうだが、竹中作品はほんとうに未完が多い。連載時にクレームがついたり、マイナー誌なのですぐ廃刊になったり、連載に厭いてしまったり、病気中断だったり……。なお本書には「竹中労の仕事」と言うタイトルで、著書、著書未収録作品、音盤、映像、イベント、ラジオ・テレビなどの全リストが掲載されている。

竹中労作品でおそらくもっと売れたのは『美空ひばり』(1965。以後増補が続き、完本文庫版は2005) だろう。また無頼を生き抜いた著者が人生の途上において共感共鳴した人びとを追悼した『無頼の点鬼簿』(死後刊行・2007)など、難解で屈折した文体の著作を現在手に入れられるのはちくま文庫だけである。

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