上原善広●日本の路地を旅する
そのとき初めて私は、自分が花も何も持って来ていないことに気がついた。「しまった」と思ったが、何もないのではしようがない。 墓石に向って、ただ手を合わせた。 それが中上健次の墓だった。被差別部落のことを「路地」と呼んだ唯一の人である。 中上によって被差別部落は路地へと昇華され、路地の哀しみと苦悩は、より多くの人のものとなった。 路地というと、家々が軒を連ね、小路が迷路のようになっているイメージがある。怒りや哀しみといった感情、さまざまな信条や利害が絡み合う、混沌とした被差別部落によく合う名だ。〔…〕 路地はより多くの人が行きかい暮らすところでもあり、人々の生活が凝縮された小さな宇宙ともいえる。だから私も中上健次に倣い、いつの頃からか被差別部落のことを路地と呼ぶようになった。 |
●日本の路地を旅する|上原善広 |文藝春秋 |ISBN:9784163720708 |2009年12月|評=◎おすすめ
<キャッチコピー>
自身の出身地である大阪・更池から中上健次の故郷・新宮へ。日本全国500以上の「路地」を巡り歩いた13年間の記録。
<memo>
路地といえば中上健次、そして故郷をルポルタージュした名著「紀州――木の国・根の国物語」だが、本書の著者はゆるやかに旅をし、むしろ宮本常一「忘れられた日本人」の現代版かと思う。
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