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2010.05.14

辰濃和男●ぼんやりの時間

20100514tatsunobonyari

「むだな時間を削れ」

というかけ声が人びとの合言葉になり、雑談も、遊びも、ペットとの付きあいも、みな、切り捨てるべきむだなものとして削られてゆく。〔…〕

時間泥棒にだまされた人びとはやがて、不機嫌な、くたびれた、おこりつぼい顔をし、とげとげしい目つきで暮らすようになる。〔…〕

「時間をケチケチすることで、ほんとうはぜんぜんべつのなにかをケチケチしているということには、だれひとり気がついていないようでした。

じぶんたちの生活が日ごとにまずしくなり、日ごとに画一的になり、日ごとに冷たくなっていることを、だれひとり認めようとはしませんでした」

エンデはそう描いている。

「人間が時間を節約すればするほど、生活はやせほそって、なくなってしまうのです」

●ぼんやりの時間|辰濃和男|岩波書店|ISBN9784004312383201003 |新書|評=○

<キャッチコピー>

今こそ、ぼんやりと過ごす時間の価値が見直されてよいのではないか。では、そうした時間を充実させるために何が必要であり、そこにどんな豊かさが生まれるか。さまざまな書物にヒントを求め、自らの体験もまじえながらつづる思索的エッセイ。

<memo>

本を題材に「ぼんやりの時間」のすすめ。上掲はミヒャエル・エンデ『モモ』から。「ぼんやり」と響き合う一文字に「闇」「独」「閑」「怠」「懶」。

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