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2010.06.08

ノンフィクション100選★東京漂流|藤原新也

201006081983

群衆の前方にひしめくようにカメラマンがストロボをたいており、腕章を腕に巻いた記者たちがいた。〔…〕怒声を発しながら写真を撮っているのだ。

これはルール違反である。別に怒声を発しながら写真を撮ってはいけないというルールがあるわけではないが、それは少なくとも正常な報道写真を撮るための写真行為でない。なぜなら、彼らはそこで「演出」を施しているからである。

写真には言葉も写るのだ。

のみならず撮る側の精神状態まで写り込むものなのである。

これはむつかしいことではなく単純なことだ。つまり写真を撮り撮られるという行為は、写真を撮ることの前に、人間と人間との対面であるということができる。

その時、撮る側の私の精神状態がリラックスしていれば相手の顔もリラックスしてくるし、緊張していれば相手もそのようまねになる。〔…〕だから、目の前の人間を撮るということは自分自身の精神状態もその時、同時に写し込んでしまうことになる。

★東京漂流|藤原新也|情報センター出版局|ISBN9784795801721198301

手元に「フォーカス」19811030日号がある。創刊号である。表紙に「偽作 深川通り魔殺人事件 藤原新也」と刷り込みがある。連載「東京漂流」は目玉企画だったようだ。本書『東京漂流』(1983)は、「フォーカス」に連載準備から6号で中止に至るまでを描いた部分が圧巻である。

深川通り魔殺人事件とは、19816月に商店街の路上において覚醒剤中毒者が起こした、乳児1人を含む4人が死亡、2人が怪我を負った無差別殺人事件である。白いブリーフにハイソックス姿で連行される男の様子がテレビ中継された。本書の上掲部分は、そのテレビ画面を見ての感想である。そして事件から3ヵ月後、東京拘置所から警視庁に移される犯人を著者が撮ったのが「フォーカス」掲載の写真である。

 そして6号で「東京漂流」は、「ヒト食えば、鐘が鳴るなり法隆寺。」というタイトルでサントリーオールドの広告のパロディを載せる。そこに大きく使われたのは、『メメント・モリ』1983)に「人間は犬に食われるほど自由だ。」というキャプションのある写真である。シルクロードの荒野、ヒトの死体を野犬が食らい、カラスが遠巻きにしている光景である。

 しかし「〔…〕犬が、そして魚が、それを食べる。自然だなァ……。本当のシルクロードというのはこうなんだなァ……。絹の道の終着点、法隆寺の鐘の音を聞きながら、眠れぬ体にウイスキーを投げ込む。悪酔いの中で、人食う犬の夢を見る。日本は、なんと人間を大事にしすぎる国なんだろう。今宵、幻街道」という原稿はすべて削除された。

「私の書いたもの、映像化したものが、その『コマーシャリズム批判への禁忌(タブー)』に抵触した」(本書)

本書の文庫版(1990)の“語り下ろし”部分に、こんな一節がある。

――『フォーカス』をやっている時、その紙面の中の一番目立つ中綴じのところにサントリーの広告があった。広告が何かこう文化くさいこと言うわけだ。俺はそれを「邪魔だ」と思った。〔…〕それは広告的なものが、こういう雑誌メディアや文化を、企業の持ってる金力でもってコントロールしていくっていう危機感だったんだね。

 連載を下りることを決意し、ホテルのバーで担当編集者とかわす会話のシーンは見事である。隣席の見知らぬ男と女の離婚話のやりとりが聞こえてくるのである。バブルと不毛の1980年代の都市を自ら漂流しながら追い続けるという著者の意図は本書によって実現する。

『メメント・モリ』1983、新装版1990)は、「死を想え」という意味のラテン語。写真に短詩のような言葉が添えられている。

――黄色といえば、優しすぎ、/黄金色と呼べば、艶やか過ぎる。/朽葉色と呼べば、人の心が通う。

――母の背は、曠野に似る。

――歩いていると墓場を巡っている気分になる街がある。/そんな街の住民は、死人のようにやさしくて、めんこい。

あとがきにこうある。

――『東京漂流』で、わたしはわたしの青春期であった13年間を賭けて、現ニッポンを分解し、カルテを書き、ときにはつばをかけ、あるいは意識の変容を迫った。〔…〕墓につばをかけるのか、……それとも花を盛るのか。『東京漂流』が「つば」であるなら、本書『メメント・モリ』は「花」である。それは、ニンゲンが本来的に持つ「憎」と「愛」の二つの現れだとも言える。わたしは、あきらめない。

私が読んだ藤原新也の著書は、ほかに漢字文化圏のゆったりした旅、とりわけ韓国の田舎町鳳陽(ポンヤン)へのバスのなかで地元の人々とのやりとりを描いて印象的な台湾 韓国 香港逍遥游記』(1978)アメリカの“国民食堂”マクドナルドの観察など模擬現実(イミテーション)を文化の基軸とする“一風変わった国”を旅する『アメリカ』(1990)など。

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