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2010.06.01

ノンフィクション100選★自壊する帝国|佐藤優

2006_3

「結局のところ、ソ連はどうして崩壊したのでしょうか」

ブルブリスは少し考えてから答えた。

「自壊だよ。ソ連帝国は自壊したんだ。

19918月の非常事態国家委員会によるクーデター未遂事件は、政治的チェルノブイリ(原発事故)だ。ソ連という帝国の最中心部、ソ連共産党中央委員会という原子炉が炉心融解を起こし、爆発してしまったということさ。

ゴルバチョフはゴミだ。あいつは共産全体主義国家であるソ連の維持しか考えていなかった。そして、ソ連という欠陥発電所の原子炉を締め上げることで、電力が確保できると勘違いした。その結果、国家が崩壊した」

「ブルブリス先生がエリツィンを焚きつけて壊したんじゃないですか」

「それは違う。ゴルバチョフが1985年に権力の座に就いたときに、既にソ連は崩壊していたんだ。俺の貢献はエリツィンにその現実を理解させたことだけだ。

崩壊したソ連の汚染物を処理しながら、新しいロシアという国家を建設しなくてはならないのが、現在この国が直面している困難なんだよ」

★自壊する帝国|佐藤優|新潮社|ISBN9784104752027200605

佐藤優『自壊する帝国』(2006)は“人間の物語という切り口からソ連崩壊を描いたもの”(あとがき)。同時に、著者が外務省にノンキャリアとして入り、モスクワに勤務し、雑用係からインテリジェンスの専門家に成長していく物語でもある。

上掲のブルブリスは、エリツィン政権の知恵袋で、国務長官を務め、ソ連崩壊のシナリオを描いた人物。「その極端な能力主義、さらには政敵をありとあらゆる手段を用いて徹底的に叩き潰す手法は周囲から敬遠され、人望はなかった」と書く。エリツィン自身が「もしかすると俺はブルブリスにいいように操られているのかもしれない」と権力の中枢から遠ざけたという。著者は、「ブルブリスにはひじょうに気に入られ、事務所のみならず、自宅や別荘への出入りも自由だった」(本書)

著者が“人間の物語”というように、興味ある人物が多数登場する。

サーシャというモスクワ大学学生。ラトビア出身の“天才”、金髪の美青年。16歳年上の妻をもち、恋人もたくさん。

シュベードというリトアニア共産党第二書記。その変わり身の早さに驚かされる。「政治はもっといい加減なものなんだ。だから政治に携わる人間はもっといい加減にならなくてはならないんだ。権力とカネは交換可能なんだ」。

ボローシンという体重150キロの巨漢。政界と宗教界を行き来するが、大乱世になると逃亡してしまう神父。

イリインというロシア共産党第二書記。ソ連崩壊後も守旧派幹部としてのプライドを守り通す。あげくアルコール中毒に倒れる。

本書『自壊する帝国』の続編というべきものに『甦る怪物――私のマルクス ロシア篇』(2009)がある。アフガンの戦場のトラウマから抜け出せないモスクワ大学で学ぶアルべルトという学生や、核物理学者を父にもつナクーシャ・ツベトコワという閉鎖核秘密都市出身の女子学生など、時代の翻弄される若者が描かれている。

また、ソ連崩壊を宮崎学を相手に“語り下ろし”たものに『国家の崩壊』(2006)がある。

佐藤優の第一作『国家の罠――外務省のラスプーチンと呼ばれて』(2005)を読んだとき、鈴木宗男スキャンダルの渦中の“悪徳外交官”というマスコミのつくったイメージとのあまりの落差に驚いたものだ。

そして『獄中記』(2006)は、20025月からの512日間、東京拘置所に勾留されたときの記録。これを読んで第一級の“知の人”と思った。 “記憶の天才”でもある。

しかも5年間で約50冊の著書。「役に立てる」という観点からの本の読み方なのに、わたしには歯が立たない『功利主義者の読書術』(2009)から、「佐藤さんの書いたものは、ちょっと難しいんです」と読者にいわれ「書いていることの意味が読者に届かなくては意味がない」と読者に応えた『野蛮人のテーブルマナー』(2007)や“官能小説”の形をとりながら北方領土交渉の問題を読み解く『外務省ハレンチ物語』(2009)といったサービスたっぷりの本まで。今いちばん楽しませてくれる作家である。

他方で、古巣外務省批判の手はゆるめない。「一昔前、霞が関では、『自殺の大蔵(財務)、汚職の通産(経産)、不倫の外務』と言われていたが、現在は外務省が自殺、汚職、不倫の3冠王であるといってよい」(本書)

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