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2010.06.15

ノンフィクション100選★文人悪食/文人暴食|嵐山光三郎

1997_2

万太郎は、若いときから、シャレた食べ物句を詠んでおり、歳をとるにつれて、食べ物句には悲しみと哀愁がつきまとっていく。

それは、料理が根源的に持つ、はかなく虻のように消える命を暗示している。

料理は一定のレベルまでは料理人の腕によるが、頂点をきわめたそのさきには、悲しみの味つけが不可欠で、これは食べる側の問題となる。

力強い健康的な青年が獣のように食うよりも、瀕死の老人が唇と手をふるわせながら口に運ぶ一さじの湯豆腐のほうが、微光を放ちつつ見えざる風に揺られて人を恍惚の美食の極へ導入することもあるのだ。

――「久保田万太郎――せつない湯豆腐」

★文人悪食/文人暴食|嵐山光三郎|マガジンハウス|199703月/200209

「ぼくはムカシ、『現代詩手帖』や『美術手帖』に文明論を書いていて、それがデビューだった。そのころのぼくの記事を読んで、それを覚えている人物なんて日本に、78人しかいないはずだ」(『この町へ行け』(1995)、文庫化で『日本百名町』(2005)と改題)。

著者が『現代詩手帖』に見開き2ページのエッセイを書いていたことを憶えているから、私は日本に、78人しかいないデビュー当時からのファンということになる。いや、ファンといえるかどうか。なにしろこの筆名にして、「祈祷師」という肩書であった。ひげをはやした痩身の男が滝に打たれているようなおどろおどろしい印象があった。年譜によると「国民百科事典」の平凡社時代である。

次に本屋で著者の名が目にとまったのは、『新随想フツーの血祭り』(1982)であった。情報センター出版局発行の本で、ここから椎名誠、村松友視、南伸坊など“昭和軽薄体”の面々が登場する。「アラコウの復活処女作総決算」とサブタイトルがついているのは、『チューサン階級の冒険』(1977)でデビュー後、編集者業務に専念していたからである。しかし経営危機に陥った平凡社を退社。同年のABC文体鼻毛のミツアミ』(1982)「……である」を「……でR」、「10傷のおGさんがQQ車で」などと書き、ABC文体、123文体と称していた。

平凡社の同僚たちと青人社を設立。1982年に“男の本音”誌『DoLiVe 月刊ドリブ』を創刊(発売は学研)、編集長は祐乗坊英昭(本名)である。いま手元に第3号があるが、連載の瀬戸内寂聴「尼カラ問答」は羊頭狗肉だし、深沢七郎「ララミー牧場の予言者だより」は文体からして嵐山の代作だし、遠藤周作「快人対談」の相手は宇宙人と交信するという怪しげな人物である。しかし表紙のバカボンのパパの絵に、「ひと月も、お待たせしちゃっていいのかな。」という糸井重里のコピー、斬新なヌード写真、サブカル系文化人のコラムを満載、嵐山の交遊関係をフルに使った雑誌であった。この頃のことはのちに『昭和出版残侠伝』(2006)として回顧している。

さて、『文人悪食』(1997)『文人暴食』(2002)は、著者の近代文学史シリーズ()の“食”篇。古書・古雑誌をあさり74人の作家のエピソードを集積した。50代の10年間を費やしたという。「それは、人間が食うことの意味を考えつづけた10年間であった。願わくば読者諸兄諸姉も、ダイエットなどせずに、好きな料理をたっぷりと食べてくれたまえ」(あとがき)。単なるゴシップ集ではない。上掲の「悲しみの味つけ」のような光る一節が、どの作家にも用意されている。たとえば……。

池波正太郎は料理のなかに小説を見ていた。料理を作るように小説を書いた。だから池波さんの剣客小説は読んでおいしいのである。料理は舌で食うが、小説は頭で食う。想像力で食う。舌の音痴な者には上等の料理の味がわからないが、それは想像力の弱い人間が小説を読んでも感動できないのと似ている。――池波正太郎……むかしの味

谷崎潤一郎は料理を舌で食べる域を越えて、躰のすべての器官を触手として舌なめずりした。味覚は舌だけの感覚ではなく官能的で甘美な旋律がともなう悪魔的な儀式でなくてはならない。性的快楽が死の誘惑と隣りあわせであるように、食欲は腐臭や汚物と表裏一体であり、かつ極上の饗宴が求められる。谷崎にとって理想の料理は、阿片よりも恐ろしい悪徳が暮春の夕暮れのように漂い、それは料理というよりも魔術の領域である。――谷崎潤一郎……ヌラヌラ、ドロドロ

“文人もの”にはほかに、文人の湯治を描いた『ざぶん――文士放湯記』(1997)、文士の臨終を描いた『追悼の達人』(1999)、文士の妻たちを描いた『人妻魂』(2007)などがある。

嵐山光三郎は多彩である。惜しみなく天才的文才を浪費する作家である。『男』(1983)『世間』(1984)などの軽薄本。『素人庖丁記』(1987) シリーズなどの料理本。『温泉旅行記』(1997) 『奥の細道温泉紀行』(1999) など温泉本。『「不良中年」は楽しい』(1997)『不良定年』(2005)『「下り坂」繁盛記』(2009)など中年・定年・老年本。そして彼のライフワークは芭蕉研究である。『芭蕉の誘惑』(2000、文庫化で『芭蕉紀行』と解題)、そして60代にして到達した代表作『悪党芭蕉』(2006)が燦然と輝いている。

しかし彼に代表作は必要なのか。絵本、エッセイ、旅行記、評論、小説と“浪費する天才”であるが、結局のところすべてが編集者的著作なのである。だから『生涯大編集長』という絶賛的称号を贈りたい。

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