大橋鎮子●「暮しの手帖」とわたし
「暮しの手帖」100号(昭和44年1969年)の「商品テスト入門」のなかで、花森さんは、広告を載せない理由について、 理由は二つ。一つは、編集者として、表紙から裏表紙まで全部の頁を自分の手の中に握っていたい。 広告は土足で踏み込んでくるようなもの。そんなことに耐えられない。 もう一つは、 広告をのせることで、スポンサーの圧力がかかる、それは絶対に困る。〈商品テスト〉は絶対にヒモつきであってはならない。 という意味のことを書いています。また「商品テストを“商品”にするような雑誌にしてはいけない」ともよく言っていました。 私もそう思いますし、だからこそ、きちんと実名をあげ、自分たちで実際使ってのデータを集める「商品テスト」ができ、皆さまからの信頼を得られたと思っています。 |
●「暮しの手帖」とわたし|大橋鎮子|暮しの手帖社|ISBN:9784766001655|2010年05月|評=○
<キャッチコピー>
暮しの手帖社社長、モデル、編集者、いつだって体当たり波瀾万丈のしずこさん。昭和の名編集者花森安治とともに「暮しの手帖」を作り続けた大橋鎭子。90歳にして初の自伝。付録に創刊初期の編集後記とグラビア。
<memo>
私は今89歳です。ここまで一気に私の子ども時代、暮しの手帖を始めて花森さんが亡くなるまでのことを振り返って書いてきましたが、やはり、これ以上の話を書き続けることに少し疲れを感じます。少しお休みをして、できれば花森さん亡きあとの私のことも書きたいと思っています。(本書)
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コメント
「暮らしの手帖」とわたしを読みました。
私も何事も一生懸命して悔いのないように生きたい。
投稿: omasahann | 2010.09.30 20:54