団鬼六●牛丼屋にて――団鬼六自薦エッセイ集
8年前、私がポルノ小説を書くのに嫌気が生じ、休筆宣言をした直接のきっかけにピンクの腰巻事件というのがあった。 あるスポーツ紙の連載小説に好色芸者が登場したが、春風に煽られ、裾前がひるがえって鴇(とき)色の蹴出しがチラとのぞいた、という描写をした所、新聞社の若い担当者が電話して来て、鴇色の蹴出しって何ですか、と質問してきた。 鴇色とは薄紅色、蹴出しとは湯文字、つまり、腰巻の事だと教えると新聞小説の場合、もう少し分かりやすい言葉を使って頂けませんか、という。〔…〕 それで、そちらの方で適当に訂正してほしいと頼んだのだが、送られて来たスポーツ紙のこの部分を見て私は驚いた。 鴇色の蹴出しはピンクの腰巻に訂正されているのだ。それでは芸者の情感や風情など、微塵も感じられぬではないかと文句をいった所、文化部長までが電話に出て、いや、ピンクの腰巻の方が僕は実感的情緒を感じます、というのである。 鴇色の蹴出し―ピンクの腰巻、訳せばその通りだが、語句による情趣といったものが、もう通用しない時代になった事を痛感した。 ――「情趣について」 |
●牛丼屋にて――団鬼六自薦エッセイ集|団鬼六|バジリコ|ISBN:9784901784351|2004年04月|評=○
<キャッチコピー>
人間の本来の姿は遊ぶことだと説きながら、そして生き続ける人間の面白さと悲哀を描いた、最後の文士、団鬼六、珠玉の自薦エッセイ集
<memo>
「牛丼屋にて」「養老酒場」などエッセイの名品がそろっている。
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