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2010.06.04

稲垣足穂◎明石

20100604inagaiakashi

大阪サカイニ京ドスカ

兵庫神戸のナンゾイヤ

明石ハーマア姫路のネ

こんな口遊みが子供の頃にあった。大阪サカイニとは「さやさかいに、わてがいうてまっしゃないか」の類いで、ナンゾイヤは「あれ、何ぞいや」で、共に自負傲慢の言であるが、

これに準じて明石人は、ハーマアという間投詞を直ぐ会話の中に挟みたがる。

「けさ方、どこそこでこんな事件があった」と持ち出されたら、「ハーマア」と受け答える。

「あの家に近頃別嬪がきている」と耳にすると、又、――「ハーマア」――

これに似た言葉に、「ハイヤ」がある。「そうだ」「その通り」「いかにも」など合槌の意を表わすが、「ハーマア」となると、「そうだってね」になり、「そんなこと先刻知っているよ」という我意が強まる。

◎明石|稲垣足穂|木村書店|19641月|≪KOBE百景≫

稲垣足穂『明石』は、小山書店「新風土記叢書」の一冊として、1958年に出版された。本書はその“再版”で、地元明石の木村書店から出た。カットは竹中郁。この「明石」はその後、『タルホ大阪・明石年代記』(1991)に全文再録されている。

本書にはこんな一節がある

――我が住む土地の、まるでガラス粉をぶち撒いたかのような眩しきを、私はいまさらに知った。岡本の里に谷崎潤一郎をたずねて、「そんなら塩屋、それとも舞子辺りに住まわれたらどうか」と口に出して、「いや、あの辺は明るすぎて、とても――」と言下に退けられたことを思い合わした。宇野浩二の短篇にも、阪神間の風光を述べて、「どこを見ても白チョークをでも塗ったような道」とあった。――「どうもあの辺は睡いような景色だね」 いつか東京の友人が洩した。〔…〕

――喜春城の白堊が去り、明石川の鉄橋を渡ると、忽ち暗くなる。谷崎潤一郎はなぜ、「明るいからいやだ」といったのだろうか? 軽薄な阪神文化の匂いはようやく薄らいで、播州平野がひらけてくる。物象に初めて陰影がつき出したのである。

なお、「新風土記叢書」には、あの有名な太宰治『津軽』(1944)をはじめ、宇野浩二『大阪』(1936)、佐藤春夫『熊野路』(1936)など。

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