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2010.07.30

ノンフィクション100選★全真相 坂本弁護士一家拉致・殺害事件|江川紹子

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坂本さん一家をあんな酷い目に遭わせ、その後も口を拭って事件を隠し通した連中に対する憤りは、決して弱まることはない。

しかし、実行犯のうち二人は、私がよく知っている人の息子なのである。私の知り合いの子供が、私の友人である坂本さんの一家を殺害した。何という巡り合わせだろう。

そのうちの一人の母親は、息子が逮捕された直後、笑顔で私にこう言った。

「喜んで。うちの息子、捕まったのよ」

その目には、涙がいっぱいたまっていた。親が子供の逮捕を喜ばなくてはならないなんて、そんな宗教がどこにあるだろうか。

★全真相 坂本弁護士一家拉致・殺害事件|江川紹子|文藝春秋|ISBN9784163527604199704

江川紹子『全真相 坂本弁護士一家拉致・殺害事件』1997)は、オウム真理教問題に取り組んでいた弁護士・坂本堤(当時33歳)と妻・子の3人が殺害された事件を扱ったノンフィクションである。

 著者はなんども話したり書いたりしているが、江川がオウム信者の母親に坂本弁護士を紹介したことがきっかけで、坂本弁護士はオウム問題に取り組むようになる。

――「なぜ、弁護士を?」

怪訝そうな顔をした早川たちに、麻原は言った。

「いや、坂本弁護士は被害者の会の実質的なリーダーだ。会をまとめているのは彼なんだ。坂本をこのまま放っておくと、将来教団にとって大きな障害となる。このまま坂本に悪業を積ませないためにも、今彼をポアしなければならない」

麻原は、「ポア」という言葉を発する時、右手の掌を上に向け、親指で人差し指を弾くような動作をした。(本書)

 オウムのポアとは、「魂を高い世界に引き揚げること」を意味するが、また「殺人」という裏の意味をもっている。

1989114日、横浜市の坂本堤弁護士を襲い、妻・子を含め一家を殺害。実行犯は、岡崎一明、早川紀代秀、村井秀夫、新賓智光、中川智正、端本悟の6名。いずれもオウム真理教の出家信者である。

この事件以降、1994年松本サリン事件(7人死亡)、同年警察庁長官狙撃事件、1995年地下鉄サリン事件(12人死亡)など、狂気の集団は数々のテロを繰り広げるのだ。しかもオウムの恐ろしさは、テレビの出演し、「オウムには動機がない」「オウムを潰すためには何でもやるという被害者の会が怪しい」「オウム信者たちは職場や学校でイジメに遭い、人権侵害を受けている」「オウムこそ被害者だ」などと潔白をまくし立てることである。

「本来は、第三者として取材し、原稿を書くことが私の仕事だ。しかし坂本事件に限っては、複雑な立場にいることになった。友人である坂本さんを殺された、ということで言えば、私は被害者サイドの準当事者、ということになるだろう。この事件を絶対に許せないという気持ちも強い。ただ、坂本さんとオウムを最初に結びつけたのはこの私であるし、そういう意味では坂本さんの側からすれば、加害者側の人間に映っても仕方がない」(同書)。坂本弁護士一家の霊前に捧げる鎮魂の一書である。

 

『魂の虜囚』2000、のち『オウム事件はなぜ起きたか』2006)と改題し文庫化)は、裁判と同時進行で「週刊文春」「週刊読売」に連載されたもの。被告であるオウム信者、元信者の人間像に迫るとともに、オウム事件の詳細を明らかにする。

1995の夏以降、私は裁判所に通い、事件に関わった信者・元信者、その家族や友人、被害者などの供述や証言を聞いてきた。そうやって一つひとつの断片を拾い集めることでしか、手がかりは得られないと思うからだ」と書く。江川紹子のオウム関連には他に『「オウム真理教」裁判傍聴記12199697)がある。

 その江川自身も襲われる。1994年、江川の自宅のドアの郵便受けから室内に、ホスゲンという毒ガスを撒かれる。

江川紹子は1995年に「マスコミ沈黙の中、オウム真理教に関わって6年余、戦後最大事件の真実解明の為、沈着冷静な取材活動を行い、遂に教団を追い詰めた勇気と努力」に対して菊池寛賞を受賞する。

『「オウム真理教」追跡2000日』1995)のなかでこう書いている。

「最近、私について、ずっとオウムを追いつづけ、はたまたオウムを追い詰めた取材者であるかのような、過大な評価が一人歩きしている。そういう記述を見るにつけ、私は恥ずかしくて顔を上げられない思いだ。いったい、私は何をやっていたのか。坂本さん一家に対しても、坂本さんのご家族に対しても、申し訳ない思いでいっぱいだ。」

 なお、江川紹子の第1『冤罪の構図』1991、文庫2004)は、とくに裁判官に対して鋭い筆致で迫る冤罪を扱ったノンフィクションだが、「今、なぜ冤罪を問うのか」というあとがきは、裁判員制度が始まった今、一読に値する。

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