黒岩比佐子●音のない記憶―― ろうあの写真家井上孝治
約一万コマの小さな世界を眼で追いながら、一人の写真家の眼が、その時何を見ようとしたのかを読み取る――それは、非常に刺激的な体験だった。 生涯写真を愛した男が、風の如く自在に動き回り、立木の如く静かに待ち続け、魂の欲求に突き動かされるように、無心にシャッターを切っている。その姿が鮮明に浮かび上がってくる。 彼の世界には「音」は存在しない。健聴者から見れば、それは「障害」である。 しかし、彼はカメラを手にした瞬間にその「障害」から自由になれた。写真、すなわち「音のない記憶」を撮ることは、彼にとって「生きること」そのものだった。 彼の作品は、すでに多くのものを喪失してしまった人々の記憶の隙間を静かに埋めながら、これからさらに時が過ぎた後も、ますます美しい輝きを放ち続けることだろう。そこに、新たな物語の誕生を予感させながら……。 |
●音のない記憶―― ろうあの天才写真家井上孝治の生涯|黒岩比佐子|文藝春秋|ISBN:9784163557304|1999年10月/文庫版2009年5月|評=◎おすすめ
<キャッチコピー>
耳と言葉の障害を才能にまで昇華させプロを超えたアマチュア写真家、井上孝治。人、街、生活のスナップショットを撮り続けた。生きることに誇りと希望を持ち続けた異色のろうあ写真家の生涯を追うノンフィクション。
<memo>
黒岩比佐子ノンフィクション第1作。文庫化に際し『音のない記憶――ろうあの写真家井上孝治』に改題。
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