朱川湊人●かたみ歌
「おや、まだご存じないんですか? あの子が言っていましたよ。ここに来る前に、お寺で若い女の人と会って……その人のお腹には赤ちゃんがいたと」 「えっ」 久美子は思わず、お腹を押さえる。 「きっと、あの子には、そういうことが全部わかってしまうんでしょうね」 (赤ちゃん――私の、赤ちゃんが?) お腹をさする掌が、ぽかぽかと暖かくなってきたように思えた。 「面白いものですね、世の中と言うものは。日々誰かが去り、日々誰かがやってくる。時代も変わり、流行る歌も変わる…… けれど人が感じる幸せは、昔も今も同じようなものばかりですよ」 そう言って古本屋の主人は、きれいな笑みを浮かべた。 |
●かたみ歌|朱川湊人|新潮社|ISBN:9784104779017 |2005年8月|文庫版2008年2月|評=◎おすすめ
<キャッチコピー>
東京・下町にあるアカシア商店街。ちょっと不思議な出来事が、傷ついた人々の心を優しく包んでいく。懐かしいメロディと共に、ノスタルジックに展開する七つの奇蹟の物語。
<memo>
「のどが渇くほど泣きじゃくりました」というPOPと「涙腺崩壊」という帯のコピーで売る上げを伸ばしている本。商店街の近くの覚智寺という寺には、昔からあの世と繋がっているという噂があってと、昭和という時代のせつない都市伝説を7つの短編で描く連作。古書店の主人は嘆く。「けれど奇跡は、それを望む者には起こらないようだ」。最終章「枯葉の天使」はすこし涙腺を刺激する。
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