黒井千次●老いのかたち
* 六十歳にはそれなりの風采があり、七十歳には前には見られなかった風貌が備わり、八十歳には更に風格が加わって、というように。つまり、年齢の増加とイメージの変化は正比例する関係にあった。〔…〕 いつの頃からか当の比例関係が曖昧となり、対応に狂いが生じた。年齢の輪郭が崩れ始めた。総じて日本人の寿命が延びたのだから当然だろう、との声をよく聞かされた。〔…〕 ここ半世紀はどの我々の生き方が、なし崩しに昔の老人像を蝕み、崩壊に導いていたのかもしれない。その過程には家族の在り方や相続の問題、女権の拡張や医療技術の発達など、様々の要因が絡まり合っている。〔…〕 人が歳を取らなくなったのではなく、人は以前のようには歳を取れなくなっていると認識すべきなのだろう。〔…〕 自分の年齢をいかなる老いの形に流し込めばよいのかがわからぬ戸惑いが、歳を取れぬ状態へと人を追い込んでいる。 ――「歳を取れなくなった時代」 |
●老いのかたち|黒井千次|中央公論新社|ISBN:9784121020536|2010年04月|新書|評=○
<キャッチコピー>
年齢相応に老いるのが難しい現代に、歳を重ねるとはどういうことなのか。身の回りの出来事を通して、現代の老いを考えるエッセイ集
<memo>
読売新聞夕刊に2005年、73歳時から78歳になる現在まで、みずからの“老い”と同時進行で月1回連載したもの。
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