司馬遼太郎●竜馬がゆく(七)
* さて小栗がささやいた「秘密」というのはおどろくべきものであった。 「長州征伐のために、幕府はフランス皇帝ナポレオン三世より、六百万両の軍資金、七隻の軍艦を借りるつもりである。すでに先方の内諾も得、実現のはこびになっている」 というものであった。 勝はがく然とした。ヨーロッパ列強がアジアを植民地化する場合にやってきた常套手段なのである。衰弱した政府に金と軍隊とを貸して反乱軍を討伐させ、そのかわりに利権を獲得してしまう。 小栗はフランスへの見返りとして、横浜に日仏合弁の大製鉄工業をおこすこと、北海道全土を貸与すること、などを用意しているようであった。〔…〕 勝はなにもいわずに小栗と別れた。勝の胸中、小栗の案が実現したころには日本はほろび、フランスの植民地になり果てているであろうということであった。 |
●竜馬がゆく(七)|司馬遼太郎|文藝春秋|1963~66/文庫版1975|評=◎おすすめ
<キャッチコピー>
竜馬は薩長に土佐等を加えた軍事力を背景に、思い切った奇手を案出した。大政奉還―幕府のもつ政権をおだやかに朝廷に返させようというもの。これによって内乱を避け、外国に侵食する暇を与えず、京で一挙に新政府を樹立する―無血革命方式であった。
<memo>
地球の上、というのはこの当時の土佐藩の流行語だった。薩藩の西郷吉之助が藩船に乗って高知へ来、老公の容堂に拝謁してその佐幕的国家観を説破したことがある。容堂は最後にうなずき、「わが土佐藩はそちの薩州にくらべ徳川の御恩が深い。しかしもはや時勢は一藩一家の情義を越えて考えねばならぬようになっている。わしは近頃地球の上に住んでいることがわかるようになった」といって、西郷の説にほぼ同意した。(本書)
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