黒井千次●高く手を振る日
* 「昔のゼミで一緒だったとしても、じいさんとばあさんが再会してもな…」 さりげない口調を装って彼は呟いた。 「若返るかもしれないわよ、七十代だというのに元気のいい人だったっていうから」〔…〕 「俺の過去は俺のものなんだから」 思わず強い声音で念を押す調子になっていたらしかった。 「どんな過去が?」 希美の意地悪そうな目が父親を見返した。 「一つ一つの過去ではないよ。過ぎてしまった時間の中身のことさ。 それをどう整理して、何も残さずにいなくなるかが年寄りの課題なんだ」 ふうんと顎をしゃくるようにして黙り込んでしまった希美の横顔は、機嫌の悪い時の燻るように目を細める母親の芳枝を思い出させた。 |
●高く手を振る日|黒井千次|新潮社|ISBN:9784103272090|2010年03月|評=○
<キャッチコピー>
人生の行き止まりを意識し始めた浩平は、大雪の日に一度だけ接吻を交わした学生時代のゼミ仲間重子と再会する。半世紀の時を隔て彼女への想いが甦る!
<memo>
70歳を越えた一人暮らしの男の3回の逢瀬で終る再会物語。
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