« 黒井千次●高く手を振る日 | トップページ | 長谷川櫂●句会入門 »

2010.10.25

加藤典洋●さようなら、ゴジラたち ――戦後から遠く離れて

20101025

*

グローバリゼーションとは一つの新しい神の出現であり、その神は新しい言語(メディウム)を手にやってくる。

そのメディウムは、いま、一方では英語という形をとり、他方では、インターネットという形をとり、また別の次元では貨幣経済、さらに消費資本主義という形をとっている。

それは、一見したところ、「光をもたらす言葉」の世界化である。しかしこう考えてみよう。

1970年代、日本に住むほとんどの人は日本語さえできれば問題はなかった。彼らはみな識字者(テレイト)であった。

しかしそのうちのどれだけ多くが2000年代のいま(英語とインターネットの浸透を前に)非識字者(テレイト)、文盲に変じてしまったことか。

グローバリゼーションが、少数の新しい「言葉をもつ」人々と、多数の新しい「言葉をもたない(ヴォイスレスな)」人々を作り出し、このところ数年来、日本では「勝ち組」と「負け組」の分化がメディアをにぎわせている。〔…〕

グローバリゼーションは、これを「言葉があること」のほうから見ると、光を広める動きだが、「言葉がないこと」のほうから見れば、世界に闇を広げる動きなのである。

――「グッバイ・ゴジラ、ハロー・キティ」

●さようなら、ゴジラたち 戦後から遠く離れて|加藤典洋|岩波書店|ISBN9784000230353201007月|評=○

<キャッチコピー>

『敗戦後論』の発表から15年。その間に深化した著者の思索は、壁が崩れ、夢が霧散した世界に、自ら選択したものとしての戦後の可能性を未来へ向けて押し広げる。戦後思想の核心から放たれる、現状変革への意志。

<memo>

日本では、[源氏物語、枕草子]後の能も、狂言も、歌舞伎も、すべて新たに現れた劣位文化の表現として出現している。現在、ジャパニーズ・クールの一翼を担う日本発のサブカルチャー出自の文化も、コミック、アニメからファンシー・グッズ、フィギュア、コンピュータゲームにいたるまで、ことごとく事情は同じである。現在の日本のサブカルチャーの担い手の女性マンガ家たちは、ある意味で、紫式部の末裔であり、『源氏物語』は乱暴にいえば、11世紀におけるマンガなのである。(同上)

加藤典洋■ 考える人生相談

加藤典洋◆文学地図――大江と村上と20

|

« 黒井千次●高く手を振る日 | トップページ | 長谷川櫂●句会入門 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 加藤典洋●さようなら、ゴジラたち ――戦後から遠く離れて:

« 黒井千次●高く手を振る日 | トップページ | 長谷川櫂●句会入門 »