川本三郎●いまも、君を想う
* 朝、善福寺川緑地を散歩していると次第に常連に会うようになる。家内はその人たちと親しく挨拶を交わすようになった。〔…〕 犬の散歩をしているおしゃれな老人、年取った犬を乳母車に乗せているおばさん、仲良く友達どうLで歩いている二人の中年の女性、遠く大宮八幡のほうから歩いてくるお婆さん、黙々と走っている女性のランナー、父親と一緒に犬の散歩をしている小学生の男の子。 癌になってから社会生活が出来なくなった家内にとって、毎朝、彼らに会い、ひとことふたこと言葉を交わすことは、大仰に言えば自分がまだこの世の中に生きていることの証しになったのだろう。〔…〕 いつも会う、小学生の男の子に会えない日は寂しそうにしていた。〔…〕一度家内がクッキーをあげると次の朝、御礼にと自分の家に咲いたバラを持ってきてくれた。 家内の最後の日々、あんな日だまりのような時があってよかったと思っている。 |
●いまも、君を想う|川本三郎|新潮社|ISBN:9784103776048|2010年05月|
評=○
<キャッチコピー>
三十余年の結婚生活、そして、足掛け三年となる闘病…。7歳も下の君が癌でこんなにも早く逝ってしまうとは。妻であるファッション評論家・川本恵子への涙とぬくもりに包まれた追想記。
<memo>
妻が患ってから著者は「六十の手習い」として歌を作るようになったという。うち二首。
明日に手術を控えし夜 ケイリー・グラントの映画見て明るく笑う妻
「私には治せません」詫びるごとく言う医師の言葉 妻と二人黙して聞く
川本三郎・文/樋口進・写真●小説家たちの休日―― 昭和文壇実録
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