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2010.11.25

井出孫六●わすれがたい光景

20101125

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まこと秩父は峠の国だが、盆地のなかにも有名無名の峠が無数にあって、村と村を結び、集落と集落をつないでおり、わたしは「ゆうに100をくだるまい」と書いたことがある。

峠というチャンネルの伝播力は1884年の秩父事件を考える鍵とも考えた。

秩父事件に関心をよせて15年ほど盆地とその周縁を歩いてきた「峠の会」(代表大島文二郎氏)から「秩父事件関連推測範囲の峠名一覧」という労作を送っていただき、感嘆した。〔…〕

しかも、全域555の峠のうち、現在の地図にその名をとどめているのはわずか145という資料説明がわたしを愕然とさせる。

わずか100年そこそこのあいだに、410の峠が消えていったことになる。近代交通体系のなかで峠が瀕死の重症に喘いでいることが、この一覧から見てとれる。

いまさら峠の復元を唱えてみてもはじまらない。けれども、日本人が忘れはててきた共生の視線を、新世紀の関頭でもう一度心にかきたててみることを、これらの数字は求めていはしないか。

――「峠に立つ」

●わすれがたい光景 ――文化時評2000-2008|井出孫六|みすず書房|ISBN9784622075417201009月|評=△

<キャッチコピー>

雷道、粥占い、犬の復権、蕗の薹、秩父秋景、巨木の祭り、武蔵野の憂鬱、など歴史・社会への繊細な感覚と批評精神で2000年代の文化を考察した随筆163篇。

<memo>

著者が「秩父困民党」で登場したのが1970年代。なつかしい著者名を目にし手にとってみた。本書は「信濃毎日新聞」に連載したコラム。

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