川上弘美●句集 機嫌のいい犬
* たとえば、この句集の最初のほうの句、「会ふときは柔らかき服鳥曇」という句について、わたしは「別にそうじゃないんだけれど、きっとこれは、恋の句と解釈されるだろうなあ」と思っていたのです。〔…〕 ところが、句会ではのっけから、「会う、は、逢う、ではないのだから、この句の主体は、まだ恋までは行き着いていないのでしょうね。 でも、柔らかき服というところで、恋の予感があるんですね」という感想をいただいたのです。 びっくりしました。だってわたしは、恋の予感、なんていう繊細な意味など、この句にこめていなかったのですから。でも、そうやって眺めてみれば、ふむふむ、これはたしかに恋の予感だ、と、反対に句友に説得されたような気分になったのです。〔…〕 読み手というものが、こんなに注意深く言葉を読んでくれる。〔…〕まさに句会という場所で、わたしは「作者は読者を信じていいのだ」という、幸福な信頼を手に入れることになりました。 |
●機嫌のいい犬 句集|川上弘美|集英社|ISBN:9784087753974|2010年10月|評=○
<キャッチコピー>
恋愛、日常、食卓、旅・・・ある季節、ある一日、ある瞬間。十七文字のゆたかに広がる物語。言葉の不思議なコレクション220句。第一句集。
<memo> 10句選
はつきりしない人ね茄子投げるわよ
サイダーの泡より淡き疲れかな
初夢に小さき人を踏んでしまふ
黒髪ヲ売リマスとあり路地の秋
家ぢゆうの鏡みがける小春かな
聖夜なりミナミトリシマ風力10
ポケットに去年の半券冬の雲
骨軽くわれあり春の闇のなか
出口より入りてまた出る春の暮
まんじゆしやげ褪せゆくときもいつせいに
なお、句集タイトルは「徹頭徹尾機嫌のいい犬さくらさう」から。
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