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2010.11.06

西牟田靖●僕の見た「大日本帝国」

20101106

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2000年の夏、サハリン南半部を訪れたときのことだ。サハリンは現在ロシアの一部だというのに、日本統治時代を生きた日本人やその子孫、日本語を話す朝鮮の人たちが暮らし、建物なども当時の日本のものが残っているのだった。

なかでもウズモーリエという人口500人ほどの小さな海沿いの村には60年以上前に建てられた神社の鳥居までもが残っていた。

あまりに唐突な風景だった。日本にしか存在しないものと勝手に思い込んでいた鳥居というものが遠く離れたサハリンにいまも残っていることに驚き、

それまであまり考えてこなかった祖国、日本の過去というものを初めて突きつけられたような気がした。

だが、同時に、僕たちが教えられてきた「侵略」というたったひとことの言葉だけでは割り切ることのできないものを感じもしたのだ。

そして、「だったらほかの日本の元領土ではどうなっているのだろう」という素朴な疑問がわいてきた。

●僕の見た「大日本帝国」|西牟田靖|情報センター出版局ISBN9784795843028200502月/文庫版:角川学芸出版201007ISBN9784044094256|評=○

<キャッチコピー>

十字架と共存する鳥居、青い日の丸、見せしめにされている記念碑…。かつて日本の領土だった国や地域に残るあまりにも唐突で不可思議な光景の理由は何か。教えられてこなかったアジアと日本の歴史をたどる渾身のノンフィクション。

<memo>

かつて大日本帝国として、その統治下にあったサハリン(樺太)の南半分、台湾、韓国、北朝鮮、ミクロネシア(旧南洋群島)、そして中国東北部(旧満州)。そこに残る日本語、日本建築、鳥居、神社、日本精神、残された日本人など、「日本の足あと」を戦争を知らない世代の著者が訪ね歩く。

西牟田靖◆誰も国境を知らない――揺れ動いた「日本のかたち」をたどる旅

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