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2010.12.30

村上春樹●1Q84 book3

201012301q843

*

天吾は一息ついて父親の顔を観察した。やはり反応はない。

「あなたの肉体はここで昏睡している。意識も感覚も失われ、生命維持装置によってただ機械的に生かされている。〔…〕

でもそれはひとつの見せかけに過ぎないんじゃないか。ひょっとしてあなたの意識は本当に失われてはいないんじゃないか。あなたはここで肉体を昏睡させたまま、意識だけをどこかよそに移して生きているんじゃないか。

僕はずっとそういう気配を感じ続けてきた。あくまでなんとなくではあるけれど」

沈黙。〔…〕

「あなたはおそらくこの世界に興味を失ってしまった。失望し落胆し、すべての関心を失った。

だから現実の肉体を放棄し、こことは違う場所に移って違う生活を送ることにしたんじゃないか。おそらくは自分の内側にある世界で

1Q84  book3|村上春樹|新潮社|ISBN9784103534259201004月|評=◎おすすめ

<キャッチコピー> 

更に深く、森の奥へ。そこは世界にただひとつの完結した場所だった。どこまでも孤立しながら、孤独に染まることのない場所だった。

<memo>

*

ずいぶん前から肺病になる可能性について思い煩わないことに決めていた。考えを集中するにはニコチンの助けが必要だった。二三日さきの運命だって知れたものではない。十五年先の健康について思い煩う必要があるだろうか。

**

「希望のあるところには必ず試練がある。あんたの言うとおりだよ。そいつは確かだ。ただし希望は数が少なく、おおかた抽象的だが、試練はいやというほどあって、おおかた具象的だ。それも俺が身銭をきって学んだことのひとつだ」

***

「煙草?」、牛河は自分の指にはさまれたセブンスターを見た。その煙は静かに天井に向けて立ち上っていた。「ああ、たしかに煙草は吸っているけれど、でもこれは電話だよ。どうしてそんなことがわかるのかな」

「もちろん匂いはここまではきません。でもそういう息づかいを電話口で耳にしてるだけで、呼吸が苦しくなるのです。極端なアレルギー体質なものですから」

****

ひょっとしておれはこんな風に二級品の勃起を抱えたまま、あるいは二級品の勃起すら持てないまま、残りの人生をずるずると送ることになるのだろうか、天吾は自らにそう問いかけた。それはきっと長引いた黄昏のような物寂しい人生に違いない。しかし考えようによってはまたやむを得ないことかもしれない。少なくとも一度は完璧な勃起を持ち、完璧な射精をしたのだ。『風と共に去りぬ』を書いた作家と同じだ。一度偉大な何かを達成しただけでもよしとしなくてはならないのだろう。

*****

「結局、最後まで拳銃は火を吹かないかもしれない。チェーホフの原則には背くようだけれど」

「それもかまわない。火を吹かないに越したことはない。今はもう二十世紀も終わりに近いんだ。チェーホフの生きていた時代とは何かと事情が違う。馬車も走っていないし、コルセットをつけたご婦人もいない。世界はナチズムと原爆と現代音楽を通過しつつも、なんとか生き延びてきた。そのあいだに小説作法だってずいぶん変化した。気にすることはない」とタマルは言う。

村上春樹●1Q84 book1

村上春樹●1Q84 book2

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