« 川村晃生/浅見和彦●壊れゆく景観――消えてゆく日本の名所 | トップページ | 大村彦次郎●荷風 百閒 夏彦がいた――昭和の文人あの日この日 »

2010.12.02

鈴木孝夫●新・武器としてのことば ――日本の「言語戦略」を考える

20101202

*

しかしながら不戦を誓った日本がその当事者の一方であるような国際紛争の場合、日本側としては武力行使という最後の手段を使うことができないわけである。〔…〕

つまり、日本は国連のような国際機関の調停を頼むか、第三国の力を借りるにしても、我が国の立場の主張と弁護、相手国への非難攻撃、そして国際世論の誘導操作、同調国の獲得のどれ一つとってみても、ことばを使っての説得と宣伝、論理と雄弁が事の成否を左右することになる。

このように考えてくると、ことばと情報は、私たち日本人にとって、ただ単に他国の軍備に相当する紛争抑止の手段であり衝突回避の手だてであるだけではなく、

不幸にして問題が起こった場合でも、ことばだけが紛争の早期解決を可能にする、残された唯一の手段だと言えよう。

ここに私の主張する「武器に替わる、武器としてのことば」という発想が出てくる理由がある。これからの日本人にとって、ことばと情報は、他の国の人々にとって武器が持つ役割と使命を託されているのだ。

●新・武器としてのことば―― 日本の「言語戦略」を考える|鈴木孝夫|アートデイズ|ISBN9784861191183200810月|評=△

<キャッチコピー>

非武装日本がとるべき道は、「ことば」と「情報」への新しい戦略。言語社会学の第一人者が今こそ注目すべき提言。

<memo>

「直接の防衛費に国民総生産の1パーセントを使うことの可否をめぐっての論争に明け暮れるよりも、対外文化情報宣伝、海外放送網の整備、外国人留学生の大量の受け入れ、日本語出版物の外国語翻訳出版、語学教育の改革といった、ありとあらゆる手段が防衛活動として見直されるべきなのだ」(本書)。

|

« 川村晃生/浅見和彦●壊れゆく景観――消えてゆく日本の名所 | トップページ | 大村彦次郎●荷風 百閒 夏彦がいた――昭和の文人あの日この日 »

コメント

出会う機会も無いのだが、
そして、もうわたし、自分の方から強いて誰彼に会いたいとも思わないのだが、
貴兄が頑張って「本」読んでいると思うと、これが不思議と力になる、

わたし、今年もまた、愚痴っぽく過ごそうかと思っとる、

どうぞよろしく、

投稿: 波平 | 2011.01.02 11:29

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 鈴木孝夫●新・武器としてのことば ――日本の「言語戦略」を考える:

« 川村晃生/浅見和彦●壊れゆく景観――消えてゆく日本の名所 | トップページ | 大村彦次郎●荷風 百閒 夏彦がいた――昭和の文人あの日この日 »