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2010.12.24

藤沢周平●乳のごとき故郷

20101224

*

酔って部屋にもどると海の音がした。強い風が吹き荒れ、海はたえずこうこうと鳴りつづけていた。

それは砂浜に寄せる波音とは別に、海そのものが鳴る音だった。酔っていたが、私はしばらく眠れずにその音を聞いた。

いつもそうだが、郷里では私はふだんより心が傷みやすくなっている。

人にやさしくし、喜びをあたえた記憶はなく、若さにまかせて、人を傷つけた記憶が、身をよじるような悔恨をともなって甦るからであろう。

郷里はつらい土地でもある。私はその夜、めずらしく途中で目ざめ、また海の音を聞いた。その折り出来た駄句を、はずかしながら記しておこう。

冬潮の哭()けととどろく夜の宿

野をわれを霙うつなり打たれゆく

――「初冬の鶴岡」

●乳のごとき故郷|藤沢周平|文藝春秋|ISBN9784163726502201004月|評=○

<キャッチコピー>

自分の生まれ故郷ほど懐かしい場所はない─藤沢周平が愛してやまなかった荘内・鶴岡に関する全エッセイを1冊にまとめたふるさと大全

<memo>

このエッセイ集には游明朝体Rという書体が使われている。創り出したのは「字源工房」社長の鳥海修氏。「時代小説にはそれにふさわしい書体があるべきだ」と。脳裡にあったのは藤沢周平。氏は藤沢とおなじ庄内の出身。〔…〕だが新しい書体の開発は容易に進まない。完成したのは平成14年。新書体の特徴は、漢字は点やバネの先端を丸くして優しい印象にし、平仮名は漢字より小さめにした。これは肉筆の感じに近づけるためだ。(本書、阿部達二の解題から)

藤沢周平■ 帰省――未刊行エッセイ集

藤沢周平■ 藤沢周平句集

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