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2010.12.22

藤原正彦●ヒコベエ

20101222_2

*

昭和31年が明けて間もなく、父が気象台から帰宅するなり、玄関に出た母とヒコベエに、

「おいおい、『強力伝』が直木賞候補になったぞ。東京新聞に出ていた」

と力強い声で言った。〔…〕

作家としての階段を前年あたりから着実に登り始めた父に対して、母はかすかな嫉妬を抱き始めていたようだった。

育ち盛りの三人の子供を抱えながら内職をしつつ苦しい家計を支えていた母は、文筆から遠ざからざるを得なかったからである。

それはその頃、父の生原稿を読んだ後の、母の感想に現れていた。

「あまり面白くありませんねえ」

とか、ごきげん斜めの時などは、

「何、この原稿、よくこんなつまらないもの書けますね」

「三文作家の下手な作文っていう所ね」

などと言うのだった。

横で聞いていたヒコべエが、子供ながらハラハラするほどだった。父はそれを不機嫌そうに聞くだけで、なぜか決して反論しなかった。

これもヒコベエには不思議だった。父には母の焦燥が分かっていたのかも知れない。

●ヒコベエ|藤原正彦|講談社|ISBN9784062163750201007月|評=△

<キャッチコピー>

お母さん・藤原ていが遺書代わりに大学ノートに綴った『流れる星は生きている』のベストセラー化、家計を助けるために懸賞小説に応募したお父さんが作家・新田次郎になってゆく様子なども家族の視線から活写されます。なつかしい昭和の子供、貧しいけれどあたたかい家庭、みんなが一生懸命生きていた時代の風景。

<memo>

「国家の品格」の著者が、小説に手を染め、戦後の焼け野原の少年時代を描いた。

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