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2011.01.07

後藤正治◎清冽――詩人茨木のり子の肖像

20110107

*

《これは生前に書き置くものです。

私の意志で、葬儀、お別れ会は何もいたしません。

この家も当分の間、無人となりますゆえ、弔慰の品はお花を含め、一切お送り下さいませんように。返送の無礼を重ねるだけと存じますので。

「あの人も逝ったか」と一瞬、たったの一瞬思い出して下さればそれで十分でございます。

あなたさまから頂いた長年にわたるあたたかなおつきあいは、見えざる宝石のように、私の胸にしまわれ、光芒を放ち、私の人生をどれほど豊かにして下さいましたことか……。

深い感謝を捧げつつ、お別れの言葉に代えさせて頂きます。

ありがとうございました》

◎清冽――詩人茨木のり子の肖像|後藤正治|中央公論新社|ISBN9784120040962201011月|評=○

<キャッチコピー>

詩集『倚りかからず』などで広く知られる茨木のり子。彼女の生涯と、数々の詩を生み出した清冽なる精神に迫るノンフィクション。

<memo>

1950年代、詩の月刊誌には「ユリイカ」「詩学」「現代詩」「現代詩手帖」があり、現代詩の最盛期だった。当時、茨木のり子は第二詩集『見えない配達夫』(1958年)の「わたしが一番きれいだったとき」で既に有名であった。「自身を律することにおいては強靭であった。その姿勢が詩作するというエネルギーの源でもあったろう。たとえ立ちすくむことはあったとしても、崩れることはなかった。そのことをもってもっとも彼女の<品格>を感じるのである(本書)上掲は生前に書いた「別れの手紙」。死後友人たちに郵送された。

わたしが一番きれいだったとき

街々はがらがら崩れていって

とんでもないところから

青空なんかが見えたりした〔…〕

わたしが一番きれいだったとき

だれもやさしい贈物を捧げてはくれなかった

男たちは挙手の礼しか知らなくて

きれいな眼差だけを残し皆発っていった

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