« 矢口祐人◎憧れのハワイ──日本人のハワイ観 | トップページ | 森正人◎昭和旅行誌──雑誌『旅』を読む »

2011.05.03

根深誠◎ヒマラヤのドン・キホーテ──ネパール人になった日本人・宮原巍の挑戦

20110503

*

80年代以前には、カトマンズの空港に降り立つと、ふくよかな風に堆肥や花の匂いが運ばれてきたものだった。

いまでは煤煙や排気ガス、騒音、悪臭が混濁し、環境は劣悪である。さらには物価や地価が高騰し、年がら年中、水不足や電力不足にあえいでいる。〔…〕

ところが不思議なことに、それでありながらなお魅力的な要素が底流に息づいているのがネパールだ。

そこには可能性や豊かさや達しさが混在しているのであり、それはカトマンズの街並を抜け出て農山村に広がる風景に接したとき、なんともいえない郷愁として感じられる。〔…〕

日本人の古い人なら子供のころ、土蔵の壁際に群がって日向ぼっこを愉しんだ経験があるのではないだろうか。

そうした日向ぼっこの構造を地球規模にしたのがヒマラヤであり、そのつけ根に位置するネパールは本来、抱擁力に満ちたやさしい風が吹き渡る居心地のいい場所なのである。

◎ヒマラヤのドン・キホーテ──ネパール人になった日本人・宮原巍の挑戦│根深誠│中央公論新社│ISBN9784120041716201011月│評価=○

<キャッチコピー>

30歳代で壮大な夢をヒマラヤに懸け、山奥に三ツ星クラスのホテルをつくり、70歳代でネパール国土開発党の党首になり、人生そのものを冒険的に生きる山男。登山作家がネパールの政治、歴史、探検史も含めて描いた、夢を追い続ける男の物語。同時に、ヒマラヤ50年の物語でもある。

<memo>

ネパール国籍をとり、ネパール国の改革を訴え、国政選挙に打って出る。ドン・キホーテ宮原にはサンチョ・パンサがいなかった。

|

« 矢口祐人◎憧れのハワイ──日本人のハワイ観 | トップページ | 森正人◎昭和旅行誌──雑誌『旅』を読む »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 根深誠◎ヒマラヤのドン・キホーテ──ネパール人になった日本人・宮原巍の挑戦:

« 矢口祐人◎憧れのハワイ──日本人のハワイ観 | トップページ | 森正人◎昭和旅行誌──雑誌『旅』を読む »