吉川潮◎芝居の神様──島田正吾・新国劇一代
* 再びひとり芝居に戻る。 「おう、角さん。あいつはたった一人で定徳のところへ乗り込むつもりだぜ。だが、生きて帰ってくりやあ、あいつも立派な男になれらあ」 幕切れで上手に引っ込む直前、ふと思い立ち、素に戻った。 「これで刑務所の場面は終わりでございますが、この時の辰巳の飛車角は、五分刈りの坊主頭に筒っぽの着流し、黒木綿の兵児帯をダラリと結び、小ちゃな風呂敷包みを手にぶら下げた下駄履き姿でございました。ニヒルな、それはいい飛車角でございました」 万感の思いを込めて言うと、両の瞼をぴったり閉じて、在りし日の辰巳の姿を思い浮かべた。 辰巳は心の中に生きている。 大向こうから「大島田!」という掛け声と共に再び「辰巳!」と声が掛かった。 辰巳と二人で演じたひとり芝居であった。 |
◎芝居の神様──島田正吾・新国劇一代│吉川潮│新潮社│ISBN:9784104118052
│2007年12月/文庫版:筑摩書房ISBN:9784480428226│2011年04月│評価=○
<キャッチコピー>
戦前から戦後にかけて大衆娯楽の殿堂であった新国劇の看板役者、島田正吾。96歳まで舞台に立ち続け、伝説のひとり芝居「白野弁十郎」を演じ続けたその生涯を、師匠澤田正二郎、盟友辰巳柳太郎、後輩緒形拳、座付き作者池波正太郎らとの逸話、名台詞と共に辿る。
<memo>
わたしは島田・知の人、辰巳・情のひとというイメージを持っていたが、新国劇の“男”の舞台を見たことがない。劇場はいまや9割が女性客、後継者に恵まれていたとしても、新国劇は続かなかっただろう。澤田正二郎の七訓のうちの一つに「端役に生きよ、しからば大役に生きん」。
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