高樹のぶ子◎アジアに浸る
* 戦争に勝利したとはいうものの、彼女のような元女性兵士が、ベトナム全土に大変な数残されました。 戻ってきた村は貧しく、若い男たちは多数戦死していて、健康な女性であっても結婚はなかなか難しいのに、心身をこわした女性にそのチャンスはありません。 彼女たちはどのように生きて行けばよかったのか。 1980年代に入って、こうした独居女性への対策として、婚姻外の出産を容認する政策がとられました。〔…〕 結婚出来ないほど心身に傷を負った女性にとって、出産と育児がどれほど過酷なものであるかを想像し、 また戦争で減った国力増強のために、傷ついた女性の子宮をさらに酷使させるのかと、私は当初この政策推進に強い疑問を持っていました。 しかしダオさんとズン君の寄り添う姿は、私の疑問や怒りを吹きとばしてしまいました。 どのような方法であれ、ここに若者が育ち、病身の母親を支えようとしているのです。ズン君はまだこの事実を知りませんが、知ればさらに母親を大切にすることでしょう。 この政策により、一夜かぎりの性交渉で子供を得て、ベトナム社会で生きる場所を獲得した元女性兵士は、何千人にものぼるそうです。 ──「ベトナムに浸る」 |
◎アジアに浸る│高樹のぶ子│文藝春秋│ISBN:9784163737409│2011年02月│評価=○
<キャッチコピー>
世界で一番ホットな場所。作家の眼差しに写ったものは!?急激な経済発展とともに大きな変貌を遂げつつあるアジアの国々。変革から取り残されがちな女性や子供たちの身になにがおこっているのか。
<memo>
本書は高樹のぶ子が九州大学アジア総合政策センターの特任教授として、5年の歳月をかけアジアの10カ国を訪ね歩いて各国の作家や市井の人々と交流し、その成果を様々なメディアを通じて発信するというプロジェクトSIA(soaked in Asia)の記録。本書のアジア・レポートとともに、高樹の短篇集『トモスイ』、アジアの作家10人の翻訳短篇集『天国の風』が生れた。
| 固定リンク
コメント