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2011.07.01

ノンフィクション100選★虫よ、釘よ、中島よ│大森実

20110701

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『自分の力だけで、ある一定の期間を、血みどろ、泥まみれになって生きてみたいという恐怖の希望が、僕をとらえて離さないのだ。

ジャーナリストしての、あるいは、歴史、人間の、生々しい断面を、虫となって、見てみたくなったのだ。

鳥ではなく、虫となって、“虫瞰図”を、自分なりに描いてみたい。

無数のアジアの不幸な人々が、巨人国アメリカと、どう闘い、列強の力の谷間で苦しみながら、どういう思想で生きているのかを知りたいのだ。

多分、こんどの武者修行で、僕はまったく新しい視野から、東南アジアを見つめることができるようになるだろう。僕はまだまだ、未完成品だ。土台さえできてないだろう。〔…〕

一人の力で、自分の金で、まったくフリーな立場から、世界の矛盾の縮図の中で、暫く、自己トレーニングをしてみたくなった。多分、帰国するときには、もっと自由でもっと逞しい人間になっていることでしょう』

◎虫よ、釘よ、中島よ──大森実選集 第4巻│大森実│講談社│19753月│

<memo>

大森実の本を初めて読んだのは『石に書く──ライシャワー事件の真相』(1971)で、リアルタイムだった。題名がよく似た『虫に書く──ある若きジャーナリストの死』(1972)を、“ジャーナリスト魂・編集者萌え”という範疇の本をまとめて読んでいたころ、あちこち探したが手に入れられなかった。それが「虫よ、釘よ、中島よ」と改題され「カンボジア戦記」とともに大森実選集第4巻に収録されていたことが分かり、図書館で借りた。

大森実はライシャワー事件で毎日新聞を“事故退職”したあと、大森国際研究所を設立し、クオリティペーパー『東京オブザーバー』創刊する。新聞広告をみて応募してきた若者の一人が本書の主人公・中島照男だ。中島の下宿は、四畳半の部屋いっぱいに、外国語の新聞の切り抜きが散乱し、壁に、自作の詩が貼りつけられていた。

僕は持たない/ただひとつの希望しか/さっと実現するただひとつの夢しか/

それは木造の家屋敷の中の/一本の釘になること/

家々の立ち並ぶ都市の中で/いくつもの都市がある惑星の上で/

無限にひろがる/宇宙のただ中にあって/僕自身になること

やがて編集部は毎日新聞を退社してきた記者などで梁山泊の様相を呈するようになる。中島たちは大森から猛烈なしごきをうける。

中島は下宿で、師と仰ぐ大森の著書を模写する。エンピツとマジック・インクと万年筆で、まっ黒。索引をつけて暗唱もする。

「鈍牛は、相変わらず鈍な行動と、ものぐさな態度と、翳りある眼の光りに変化を示しはしなかったが、誰も知らない夜行性の彼の夜毎の取材行動の中で、隼の感覚と、スッポンのような食いつき方を身につけつつあったのだ」と大森は書く。

1970517日、雨の日曜日は、ソンバー・サンディ(暗い日曜日)であった。中島照男は、重いスーツ・ケースと、ズン胴のバッグと風呂敷包とコウモリ傘一本を下げ、ただ一人、羽田空港からブノンペンに向かった。ベトナム戦争、カンボジア内戦の取材へ。空港ロビーで、友人にあて手紙を書く。上掲はその一部だ。そして中島は529日、タケオで行方不明となる。この年の10月ピュリッツァー賞受賞カメラマンの沢田教一もカンダルで死亡。本書によれば、この年のメディア関係の行方不明者・死亡者は、フランス人8人、日本人8人、アメリカ人6名など27人に及ぶ。

本書は、中島照男の短い人生を描くが、行方不明の中島を求めてのカンボジア探索行の一部始終は圧巻。

「清純で、大きな魂と大ジャーナリストの才能をもった素噂しい青年記者であった。〔…〕人間の肉体が死んだとき、人の魂は肉体とともに朽ち果てるものなのか? それとも、カンボジアの土の上で、虫となって這い回ることが可能なのか? 私は中島照男の魂が、虫となって生きていることを信じたい。いや、必ず中島照男は虫になって生きている。」

 

本書は、愛弟子である熱きジャーナリストへの涙あふるる鎮魂の書である。

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