玉岡かおる◎お家さん
* 「どないや、お千。私はいやな主人でしたか?」 突然の、それもあまりに単刀直入な問いに、お千はひるむ。よねは言葉を足した。 「あんたにいっぺん聞きとうてな。……私は逃げだしたいような主人でしたんか、て」〔…〕 対するお千の答えは、笑みだった。ただ微笑みだった。笑みほど多くを語る表情はない。よねはゆっくり、うなずいた。 「そうか。……そうでしたか」 ため息が出る。そしてしばらく、座敷を覆う沈黙。二人の女が座っている。 「人間、ちゅうのは、難しいもんでんな」 家を守るために自分を律し、その厳しさを他人にも求めた。お千に、息子に、そして珠喜に。そのことごとくが、この手を離れていった。いや、逃げ出したのだ。 |
◎お家さん(上・下)│玉岡かおる│新潮社│ISBN:9784103737094│ISBN:9784103737100│2007年11月/文庫版:2010年09月│評価=◎おすすめ
<キャッチコピー>
好景気に湧く神戸の港に、自らの名を冠した船を持った鈴木よね。台湾で、かなわぬ恋に身を焦がす娘・珠喜。製糖所、人造絹、船を造り、鉄と米を操り、戦時を迎えて大商いに挑む大番頭・金子直吉。明治から昭和へ、揺れ動く時代に繁栄した巨大商社を支えたものは…。波瀾の運命を生きた明治の女の一代記。
<memo>
神戸の商社鈴木商店といえば城山三郎のノンフィクション『鼠──鈴木商店焼打ち事件』(1966)だが、本書は虚実取り混ぜ、作りすぎのきらいはあるが、面白い小説。鈴木よねの養女・珠喜がまことに魅力的。「今は言うてやれる言葉もあらへん。……けど、女は、一人になってからがほんまの人生やで」(本書)。
| 固定リンク
コメント