« 大村彦次郎◎文壇挽歌物語 | トップページ | 江川紹子:編◎特捜検察は必要か »

2011.07.13

本田靖春◎複眼で見よ

20110713

*

私の本業はノンフィクションを書くことである。この仕事はまことに効率がわるい。なぜなら、事実によってしか事柄を語ることが許されていないからである。

たとえていうなら、小説はラグビーで、ノンフィクションはサッカーということになろうか。

小説家はいくらでも想像力を広げることができるが、ノンフィクション作家は同じ手を使うことができない。ひたすら事実の片々の蒐集に手間と時間をかけ、それを積み上げていく。

サッカーは、人間の意のままに動く両手の使用をあえて禁止することにより、わずかな点差を競い合うゲームとなって、ラグビーとは違った緊迫感を観客にもたらす。

“手”をしばられたノンフィクションの書き手が目指すのも、不自由をくぐり抜けた末のゴール・ポストである。

もちろん、書き手がこっそり“手”を使う場面もないとはいえない。だが、そんなことをすれば、かりにその箇所が好都合に運んだとしても、かならず全体がそこなわれる。インチキくさくなるのである。

──「“やらせ”を問う」(1993

◎複眼で見よ│本田靖春│河出書房新社│ISBN9784309020365201104月│評価=○

<キャッチコピー>

戦後を代表するジャーナリストが遺した、選りすぐりのジャーナリズム論とルポルタージュで構成する単行本未収録作品集成。権力と慣例と差別に抗った眼識が、現代にも響き渡る。

<memo>

↓姉妹編

武田浩和・編集●本田靖春――「戦後」を追い続けたジャーナリスト

|

« 大村彦次郎◎文壇挽歌物語 | トップページ | 江川紹子:編◎特捜検察は必要か »

書籍・雑誌」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/49381/52178840

この記事へのトラックバック一覧です: 本田靖春◎複眼で見よ:

« 大村彦次郎◎文壇挽歌物語 | トップページ | 江川紹子:編◎特捜検察は必要か »