« 川西政明◎新・日本文壇史――第2巻・大正の作家たち | トップページ | 川西政明◎新・日本文壇史――第4巻・プロレタリア文学の人々 »

2011.08.10

川西政明◎新・日本文壇史――第3巻・昭和文壇の形成

3

*

『文藝春秋』大正1312月号に「文壇諸家価値調査表」が掲載された。執筆者は直木三十三(のちの直木三十五)である。〔…〕

今[東光]は資産は「不良性」、「腕力」で100点、「性慾」92点と抜群の優等で、「修養」「人気」は劣等であった。〔…〕この調査表を読んで今と横光が激怒した。〔…〕

今は『文藝春秋』を江戸時代の黄表紙になぞらえ、「日々、春秋社に寄集する大たわけ、一人で喧嘩の出来ない奴、鼻毛を読みながら生きてゐる四十男、才能のない文学狂、それらの中に座して、

恰もユーゴーを気取る菊池寛が、憂鬱にならないで嬉々としてゐるならば、余は彼の神経の有無を疑ふのだ」

と罵倒し、〔…〕人格を無視して、人の名誉を徒らに損って快をやるくらひなら、一層コウタリイであることの方が、どれほど美しいかしれないのだ」と言いたい放題になる。そして『文藝春秋』への執筆拒否に及んで筆を擱く。〔…〕

この事件で今は文壇から抹殺されるような状態におかれた。昭和5年、今はそれまでの自分を捨て得度し、天台宗延暦寺派の僧侶となる。9年まで比叡山で修業した今は、20年あまり文学より離れる。

「お吟さま」を書いて今が作家として復活するのは昭和31年のことである。

──第15章 菊池寛、『文藝春秋』を創刊

◎新・日本文壇史――第3巻・昭和文壇の形成|川西政明|岩波書店|ISBN9784000283632201007月|評=○

<キャッチコピー>

大正12年に菊池寛によって創刊された『文藝春秋』が、昭和文壇の形成に大きな役割を果たすことになった。中原中也・小林秀雄・長谷川泰子の「天下の三角関係」、梶井基次郎と宇野千代の恋、「伊豆の踊子」のモデル問題、川端康成の秘めた恋など、昭和初期の文壇を描きだす。

<memo>

36回直木賞の選考において、上掲の経緯から永井龍男が反対。「今氏の場合だけは、作品の価値如何にかかわらず、反対したいと思います」。賛成の川口松太郎。「東光よ。旧友の幸福を念ずる愛情を率直に受けよ」。

|

« 川西政明◎新・日本文壇史――第2巻・大正の作家たち | トップページ | 川西政明◎新・日本文壇史――第4巻・プロレタリア文学の人々 »

書籍・雑誌」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 川西政明◎新・日本文壇史――第3巻・昭和文壇の形成:

« 川西政明◎新・日本文壇史――第2巻・大正の作家たち | トップページ | 川西政明◎新・日本文壇史――第4巻・プロレタリア文学の人々 »