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2011.08.23

坪内祐三◎書中日記

20110823

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[2010]825日(火)

4時頃、今日届いた『ちくま』9月号読む。「文学賞あれこれ」という一文で佐野眞一がこう書いている。

〈芥川賞・直木賞は「文藝春秋」と「オール読物」の夏枯れ・冬枯れ対策、もっと俗っぽく言えば、“ニッパチ対策”として菊池寛が考え出したものです〉

眞一クンあなたもか。最近の編集者や文芸ジャーナリストたちは皆、このように語るけれど、

芥川賞と直木賞が“ニッパチ対策”だったなんて、その典拠はどこにあるんだよ。

だいいち、2月、8月が雑誌が売れないって戦前から言われてたのか? それから芥川・直木賞が最初の頃全然話題にならなかったのは有名な話じゃないか。

では何故、2月、8月かって? 私の推想。直木三十五の命日は224日。そして芥川龍之介のそれは724日。

つまり菊池寛はその二人の親友の命日に合わせて季節を決めたのだと思う。その方が筋が通っていると思いませんか?

◎書中日記│坪内祐三│本の雑誌社│ISBN9784860112172201105月│評価=△

<キャッチコピー>

こだわれば、街も本もこんなに面白い!ディープな本を求めて今日もお出かけ!シブいのにPOPなツボちゃん流雑読彷徨記。

<memo>

金井美恵子『目白雑録3』所収の「菊池寛の呪縛」に、「芥川賞・直木賞が年に二度あるのは雑誌の売れない2月8月(ニッパチ)の時期に、雑誌を売る方法として、〔…〕菊池寛の考えたアイディアだということは、ヴェテランの元編集者から聞いたことがある」とあり、金井は「芥川賞」にわざわざ「にっぱち」とルビを振っている。

それはともかく、たまたま読んだ文藝春秋20119月号に「今こそ聞く、名講演・江藤淳 芥川賞が事件となった日」(198710月)によれば、菊池寛の発言として「むろん芥川賞直木賞などは、半分は雑誌の宣伝にやっているのだ。その事は最初から声明している。しかし、半分は芥川直木と云う相当な文学者を顕彰すると同時に、新進作家の台頭助けようと云う公正な気持からやっているのである」を引用している。これが典拠ではないか。

坪内祐三■ 本日記

坪内祐三◆文庫本玉手箱

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