細川布久子◎部屋いっぱいのワイン
* 「文は人なり」と言いますけれど、「ワインは人なり」って近頃の私は思うようになって。 以前は、ワインもわれわれ人間と同様、時間や経緯によって変貌し、予想もつかなかった表情を見せる点に魅かれ、愛着を覚えていたんです。今はそれに加えて、 ワインを味わうことはそれを造った人を味わうことだ、と思うんです。 有名無名を問わず、造り手の人柄とワインの魅力が一致することが多いんです。 ファレール家の大輪のバラの花にも似たゲヴュルツトラミネールの艶麗さはコレット・ファレールそのものだし、ドメーヌ・ラロッシュのシャブリの上品な酸味はミッシェル・ラロッシュのジェントルマンぶりと重なりあうし。 こんなふうに文学をとらえることは可能でしょうか。 |
◎部屋いっぱいのワイン│細川布久子│集英社│ISBN:9784087487893│1998年05月│文庫/「エチケット1994」(1995年4月TBSブリタニカを改題)│評価=○
<キャッチコピー>
作家・開高健氏に教えられたワインの味と不思議―。美酒に魅せられ、女ひとりで渡仏して8年目、パリで開かれたワインの試飲会で、優勝。ブドウ畑を贈られたうえに、1994年に造られるワインには私の名を明記したラベルが…。第4回開高健賞奨励賞受賞のワイン修業奮闘記。
<memo>
細川布久子『わたしの開高健』を読み、著者の前著を探した。以下は、『わたしの開高健』にも記載されているエピソード……。
「ホソカワクン、キミも今は元気そうだが、いつ病気になるかわからんよ。ご存知のように、私は世界中をあちこちと回り歩いたおかげで、ドエライもんが手に入りましてな。万病に効くという薬や。それをアナタにさしあげます。そやけど一遍に沢山飲んだらあかんデ。チビチビと飲むんやデ。病気になったら飲みなさい」
封筒には、開高さんの筆跡で、
「萬病之薬
(但シ少量ズツ服用ノ事) 」
と、したためられていた。〔…〕
帰宅して封筒を開けると、中に入っていたのは、折りジワひとつない真新しい100ドル札だった。それが10枚、きちんとピンで留められていた。私は目を疑った。〔…〕慌てふためいてホテルに電話をかけた。しどろもどろで要領を得ない私に、開高さんは、こうおっしゃったのである。
「そんなに気にせんでもよろし。ワタシが若く貧しかった頃、誰かにしてもらいたかったことを、してみただけのことです」
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