いしいしんじ◎熊にみえて熊じゃない
* 僕は簡単に自己紹介して、ふだんは机に向かって紙やノートに文章を書いている、みんなもそうでしょう、といった。〔…〕
デモネ、僕はいった、紙や黒板だけやなくて、こんなものにも書くことはできます、そういって水性マジックを取り、窓辺に近づいて、「俺は世界でいちばん固い窓だ、とこの窓は思っていた」とガラスに書いた。〔…〕
色白の女子がホーロー鍋に書いている。「わたしは煮るのが得意ですが、やくのはそうでもありません」。〔…〕
ウーロン茶の急須には「中国の味はよくわかる。日本茶はわからない」。
自転車のフレームには「さいきんギーギーへんな音がする。あしくびのところがいたいんだ」。〔…〕
カーテン生地に丸刈りの男児が書いたのは「ホームレス中高年」という題で、
男が仕事も家もなくて「ただの闇にいた」。生まれ変わったら鳥になりたい、と思った。
神様が「鳥もたいへんだぞー」といい、それで「男はただの闇になった」という話だった。
──「小説の教室」
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◎熊にみえて熊じゃない│いしいしんじ│マガジンハウス│ISBN:9784838720781│2010年03月│評価=○
<キャッチコピー>
雑誌クロワッサンの人気エッセイが一冊に。エッセイだけど限りなく小説に近い“いしいしんじワールド”。ご堪能下さい。
<memo>
敦賀の咸新小学校の6年生25人クラス。あらかじめ用意したパンクした自転車、動かない扇風機、古い携帯電話、デジカメ、プラスティックの盆栽、将棋の駒、双眼鏡、トランク、ホーロー鍋等々を教室の空いたスペースにばらまいて、授業開始。
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