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2011.08.16

池澤夏樹◎池澤夏樹の世界文学リミックス

20110816

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カフカの『変身』を読み返してみた。話は誰もが知っている。

グレーゴル・ザムザという若い男が主人公。ある朝、目が覚めてみると彼は一匹の虫に変身していたという、それだけの話。〔…〕

カフカがこれを書いた時代には、これはとても奇妙な話だと受け取られた。だって人間がいきなり虫になるなんて、聞いたことがない。しかも説明なし。だからカフカは世間が受け入れない新しい文学を作ったと自覚していただろう。〔…〕

カフカが恐ろしいのは、結局のところ彼が書く不条理の世界が現実だったからだ。彼以前には誰もそれに気づいていなかった。あるいはそういう見かたをしていなかった。みんなに見えていないものが彼にだけは見えた。今は不条理が常識。

あなたはグレーゴルのように虫にはならないだろう。でも、「虫」の代わりに「鬱病」という言葉を入れたら、今やそんな話はどこにでもある。会社に行けなくなる。部屋に籠る。萎縮して、何もできなくなり、家族も途方に暮れる。

カフカの他の話も同じだ。『審判』のような筋の通らない裁判も、『城』のような巨大官僚機機構の理不尽も、今ではぜんぜん珍しいことではない。ファンタジーがリアリズムになるくらい怖いことはない、とぼくは思う。

──「虫になった営業マン──『変身』」

◎池澤夏樹の世界文学リミックス│池澤夏樹│河出書房新社│ISBN9784309020334201104月│評価=○

<キャッチコピー>

自身で編んだ「世界文学全集」を入口として新しい傑作を縦横無尽に語りつくす世界文学漫遊の旅。夕刊フジ連載の人気コラムを完全収録。

<memo>

池澤夏樹個人編集『世界文学全集』全30巻(河出書房新社)の刊行に合わせて、「自分で自分の援護射撃をする」ために「夕刊フジ」連載のコラムを集めたもの。援護射撃とは「月に一巻ずつ出る全集の内容を説明し、読んでくれるよう言葉巧みに誘惑する」ことだとあとがきにある。それにしても“世界文学漫遊”の一編として自著を取り上げたり、タイトルに著者名を入れたり、本書とは別に『池澤夏樹の世界文学リミックス完全版』も出したり、まことに商売上手な作家だ。

池澤夏樹●嵐の夜の読書

池澤夏樹■ 叡智の断片

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