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2011.09.16

発掘本・再会本100選★密告―昭和俳句弾圧事件 │小堺 昭三

20110916

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風生の返事も秋桜子と同様、なにかに気兼ねしているようにあいまいだったが、最後にはっきりとこう言った。

「嶋田くん、行くなら小野蕪子のところだよ。理由は言わないがご推察にまかせるよ」〔…〕

蕪子をさしおいて150万部の雑誌の選者の椅子にすわれば、どんな厭がらせをされるかわからない。第二第三の青峰になって留置場で喀血しなければならないかもしれない。それを怖れて秋桜子も風生も遠慮しているんだな、ということもわかってきた。

風生邸を出てから洋一は、

全俳壇のためになることだから小野蕪子のご機嫌をとれだと。おれは厭だ! 蕪子はおやじを弾圧した張本人だ。半死半生の目に遭わせた仇だ。

俳壇を官憲に売った密告者だ。

平畑静塔や三谷昭らを、古家榧夫や東京三らを、地獄に蹴おとして笑っている悪党だ。そんなやつに頭をさげて頼めるか!>

★密告―昭和俳句弾圧事件 │小堺 昭三│ダイヤモンド社│19791

<キャッチコピー>

ついに蕪子は、「虚子を征伐してやる。新興俳句派のみならずホトトギス派も弾圧してやるぞ」と高圧的な態度になった。〔…〕いかなる先輩、功労者といへども許さないつもりです。左傾、徒らなる急進、反軍、軟弱、そういう分子が萬一俳句にあるとしたら宜しく弾圧を加ふべきでせう」(本書)

<memo>

上掲の嶋田洋一は『家の光』編集部で俳句欄を担当、父の青峰が選者だったが半死半生の身。『家の光』は日本一の発行部数を誇っていた。この俳句選者になることは俳人にとっては名誉であったが、水原秋桜子も富安風生も引き受けない。そして結局、小野蕪子が選者におさまる。昭和16年のことである。「小野蕪子は、正義の密告者となって特高警察の手で合法的に新興俳句運動を弾圧させ、同時にホトトギス王国の高浜虚子をもおさえて、全俳壇に君臨しようとした野心家でもあった」(本書)。

この『密告―昭和俳句弾圧事件』(1979)は、1940年の平畑静塔らが治安維持法違反で逮捕された「京大俳句」事件、翌1941年、上掲の嶋田青峰らが逮捕された四俳誌弾圧事件を扱ったノンフィクション。生存している俳人を訪ね、その証言をもとに、取調べの実態や、事件の黒幕とされる小野蕪子をあぶりだし「治安維持法」の時代を描いたもの。

ところが、本書では登場する西東三鬼を「特高のスパイ」としたため、三鬼の弟子の鈴木六林男は、三鬼の次男斎藤直樹を原告に立て、著者小堺昭三と、出版元ダイヤモンド社を相手に故人の名誉回復と謝罪広告などを求め提訴する。

本書には以下の記述がある。

「第二次で検挙されて当然の西東三鬼も、特高当局に協力した一人であった。だから、現在でも旧同人たちの「特高のスパイ」だった三鬼に対する感情には複雑なものがある」、「三鬼はしかし、自分から特高のスパイになったわけではない。心ならずも特高当局の協力者に仕立てあげられた囮であった。当局が第二次検挙者のリストからかれだけをはずしたのは、俳壇の社交家でもあったので自由に泳がせておこうとしたからである。そして、かれの大森の自宅附近には刑事を張り込ませ、出入りする俳人たちをチェックさせていた。」(本書)

田島和生『新興俳人の群像──「京大俳句」の光と影』20057月・思文閣出版)によると……。1983年の判決では「『特高のスパイ』と断定した文章は憶測による虚偽のもので、三鬼と直樹さんの名誉を傷つけ、直樹さんの父に対する敬愛追慕の念を侵害した」と、原告側の主張をほぼ全面的に認めた。著者と出版社に対し、新聞での謝罪広告掲載と慰謝料30万円の支払いを命じた。判決理由で「三鬼の逮捕が遅れたのは、警察側が他の俳人の動向をつかむおとりにしたためだった」と、小堺の小説のほぼ一致する点を指摘した反面、「三鬼は友情に厚く、友人を権力に売り渡すような性格ではなかった」とはっきり否定している。

 小堺昭三『密告―昭和俳句弾圧事件 』は、昭和史の断片。「俳句についてはまったくの素人であり、俳句のイロハから習い、闇のなかを手さぐりで一歩一歩すすむよう」「こういう時代は再びくる、駈足でやってくる、いま書いておかねば」(あとがき)。

 田島和生『新興俳人の群像──「京大俳句」の光と影』は、俳句史の断片。新聞記者であり俳人でもある著者が「俳人らが思いがけず、治安維持法違反で検挙され、劣悪な留置場や監獄に拘束され、過酷な取調べを受け、ある者は命を落とすという「法治国家」の実態を知り、肝が冷える思い」だが、「半面、権力側にとっても無視できない「俳句の力」を、そこに見たような気にさせられました」(あとがき)。

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