葉室麟◎恋しぐれ
* 句会の後、宴席になった時、蝶夢は文左衛門の傍らに来て酒を注ぎながら、 「あなたには俳諧の才がおありになる。鄙で埋もれるのは惜しゅうおすなあ」 と言った。文左衛門は苦笑した。 「とても、宗匠が務まるほどの器ではございません」〔…〕 「初めは皆、素人どす。それよりも、あなたは俳諧師にむいたものをお持ちや」 「俳諧師にむいたもの?」 「失礼ながら鬱するものをお持ちだとお見うけしました。 鬱を晴らすには、それを言葉にするしかありまへん」〔…〕 文左衛門の胸に蝶夢の言葉は響いていた。藩を放逐された時に、自分はこれから一生、虚しく過ごすしかないと思った。もし俳諧で身を立てることができれば、四十過ぎて新たに生き直せるかもしれない。 ──「隠れ鬼」 |
◎恋しぐれ│葉室麟│文藝春秋│ISBN:9784163299501│2011年02月│評価=○
<キャッチコピー>
京に暮し、俳人としての名も定まり、よき友人や弟子たちに囲まれ、悠々自適に生きる蕪村に訪れた恋情。新たな蕪村像を描いた意欲作。
<memo>
月天心貧しき町を通りけり。さみだれや大河を前に家二軒。菜の花や月は東に日は西に。……蕪村の句が好きである。300年前のものと思われない。本書は、たとえば「牡丹散りて打ちかさなりぬ二三片」から『牡丹散る』など、蕪村の一句から一つの短編が生まれている。蕪村の辞世の句「白梅にあくる夜ばかりとなりにけり」を題材にした『梅の影』では、弟子の松村月溪の「白梅図屏風」のことが描かれているが、その屏風が本書の表紙に使われている。
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