北村薫/宮部みゆき◎名短篇ほりだしもの
* もう夕方だったかも知れない。薄暗い書斎の中で長身の芥川が起ち上がり、欄間に掲げた額のうしろへ手を伸ばしたと思うと、そこから百円札を取り出して来て、私に渡した。 お金に困った相談をしていたのだが、その場で問に合わして貰えるとは思わなかった。〔…〕 「君の事は僕が一番よく知っている。僕には解るのだ」 と云った。 「奥さんもお母様も本当の君の事は解っていない」〔…〕 芥川君が自殺した夏は大変な暑さで、それが何日も続き、息が出来ない様であった。 余り暑いので死んでしまったのだと考え、又それでいいのだと思った。 原因や理由がいろいろあっても、それはそれで、矢っ張り非常な暑さであったから、芥川は死んでしまった。 ──内田百閒「亀鳴くや」 |
◎名短篇ほりだしもの│北村薫/宮部みゆき│筑摩書房│ISBN:9784480427939│2011年01月│文庫│評価=○
<キャッチコピー>
「過呼吸になりそうなほど怖かった!」と宮部みゆきが思わず口にした、ほりだしものの名短篇、伊藤人譽「穴の底」。片岡義男、久野豊彦、中村正常、石川桂郎、織田作之助など、目利き二人を震わせた短篇が勢揃い。
<memo>
石川桂郎「剃刀日記」の数編がおもしろい。石川桂郎といえば家業が理髪店で、「花の雨みもごりし人の眉剃(つく)る」「激雷に剃りて女の頸(えり)つめたし」の俳人である。たしかに出久根達郎は『書物の森の狩人』で石川桂郎を“屈指の名文家”と称えていた。
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