三田完◎草の花──俳風三麗花
* 春泥を秘めたる庭や風の澄む 泥の汚れなど見えない場所がひそかに秘めた濁り──そんなものをちゑは詠みたかった。 世のなかに綺麗づくしのものなどないのだ。国も、家も、ひとも……。 句帖に書いてみた一句をしげしげと眺める。「風の澄む」がいかにもとってつけたような印象だ。だが、もう思案に疲れた。〔…〕 さらさらと幽かな音が聞こえる。 雨戸の一番端をほんのすこし開けてみて、ちゑは思わず声をあげた。 またしても雪が降りはじめている。こまかな粉雪が漆黒の空から襲いかかってくるようだ。 着物の下の肌が粟立った。街がさらに深い雪に覆い匿されようとしている。近い将来この雪が融けるとき、大地とともになにか怖ろしいものがあらわれそうな予感がする。 零時を回り、日付は2月26日になっていた。 ──「春泥」 |
◎草の花──俳風三麗花│三田完│文藝春秋│ISBN:9784163805306│2011年05月│評価=○
<キャッチコピー>
子どもを身籠ったちゑ、満州に赴任する女医・壽子、浅草芸者の松太郎。戦火の下、句会で友情を育んだ3人の女性の凛とした生き方。
<memo>
『俳風三麗花』の連作続編。時代は昭和10年から敗戦まで。舞台は大陸に移り、満州国皇帝・溥儀、川島芳子、甘粕正彦も登場する。上掲の雪の2月26日は、もちろん二・二六事件である。いかにも季語は春泥がふさわしい。
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