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2011.10.14

発掘本・再会本100選★死線を越えて│賀川豊彦

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*

 

『おそろしい、おそろしい。しかしそのペストの中には猶、迷える羊のために、一人奉仕しなくちゃならぬように造られた、新見栄一は、何という不幸な男であろう。……そうだ、私はペスト病に伝染して早く死のう。その方が、早く宇宙の苦悩を見なくてすむ。〔…〕

 

 

 

世の中には、阿娜(あだ)な女と、絹の着物と、芝居と、音楽がある中に、

 

 

 

自分だけ社会改造を夢みて、貧民窟の真中に据えられて、泣きながら、屍体の片付を命ぜられるのは何故だ?

 

 

 

社会は余りに間違っている。……しかし云うまい。ただ大きな、社会改革の時代を待とう。それまで出来るだけ貧しきものを慰め、新しき日の来るのを待とう。今日の金持の道徳の腐ったものの代りに新しいクリスチャンの道徳を産もう。十字架の道は、貧民窟の路地にあるのだ。──』

 

 

 

そう考えて、栄一はいつも新生田川に架っている日暮橋を渡るのであった。

 

 

 

 

 

 

★死線を越えて 復刻版│賀川豊彦PHP研究所│ISBN9784569708010200904月│評価=○

 

 

 

<キャッチコピー>

生涯にわたって社会的弱者の側に立ち、「友愛、互助、平和」を国内外で説きながら、わき目もふらずに活動した稀有の人物である著者が描いた、スラム街における愛と献身の物語。大正時代の大ベストセラーがいま甦る。
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<memo>

 

死線を越えて』(1920年・改造社)は、賀川豊彦(18881960)の自伝的小説。読みたいと思いつつ長年怠っていた。2009年に賀川豊彦“献身100年”記念として復刻版が出た。明治学院時代から、徳島市長で神戸の回漕店を営む父との確執の時代、父の死後神戸海上保険会社に勤務しつつ、11,000人の都市スラム新川に住み、救貧活動と伝道に埋没する時代が描かれる。

 

小説としては稚拙で前半は退屈するが、後半貧民窟での最貧層の病人、博徒、淫買婦、その子供たち等底辺の人々を支援する日々がリアルに描かれ、主人公の献身的生活には驚愕する。

 

著者32歳の1920年に出版され、100万部を超える大正期最大のベストセラー。翌年以降、中・下巻がでて3巻仕立てになるが、本書は上巻分。賀川は、その後プリンストン大学へ留学ののち、生活協同組合運動(のちのコープこうべを設立)をはじめ、さまざまな社会改革運動、平和運動の先駆者として活躍した。

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