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2011.10.13

今泉恂之介◎子規は何を葬ったのか ──空白の俳句史百年

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いかなる俳句の名人でも、名句と言えるものは何十句、何百句もの中の一握りでしかない。

 

 

 

そうした句を選ばず、駄句の山から一句を取り出して評するのであれば、芭蕉、蕪村と言えども不評は免れない。

 

 

 

幹雄の句に対する新聞「日本」の批判は、桑原武夫の「第二芸術論」のやり方と、どこか似ている。

 

 

 

このような手法は、権威者やライバルを批判、罵倒するための奥の手、あるいは禁じ手と言えるだろう。〔…〕

 

 

 

幕末から明治初期にかけて活躍した宗匠を挙げてみよう。「近代俳句のあけぼの」によれば関為山、小林見外、八木芹舎、鳥越等栽、大橋梅裡、橘田春湖、塩坪鶯笠、穂積永機、鈴木月彦、三森幹雄というところになる。

 

 

 

子規が「俳句問答」を書いた1896年(明治29年)の時点で、この10人のうちの8人が亡くなっていた。健在なのは穂積永機と三森幹雄の二人だけである。

 

 

 

旧派の打倒を図っていた子規が、この二人の句に辛口の評価を下したのは偶然だろうか。

 

 

 

 

 

 

◎子規は何を葬ったのか ──空白の俳句史百年│今泉恂之介│新潮社│ISBN9784106036859201108月│評価=◎おすすめ

 

<キャッチコピー>

 

「月並で見るに堪えず」と子規が切り捨てた江戸後期から幕末・明治の俳句。だが意外にも名句秀句の数々が! 子規の功罪を問い、俳句文芸の豊穣を再発見する。

 

<memo>

 

俳句史空白の100年とは、具体的には小林一茶以後、正岡子規以前の期間である。どんな俳人がいたのか、どんな俳句が作られていたのか、ほとんど知られていない。子規に「卑俗陳腐」と一刀両断された100年。そういえば小西甚一の名著『俳句の世界──発生から現代まで』でもこの時代はほとんど無視されていた。本書はその100年を甦らせる意図をもって書かれた。しかし作業半ばで思わぬ方向へ展開する。「ひょっとしたら俳句史の本流は“普通の人々”であったのかも知れない」という思いに著者はとらわれる。

 

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小西甚一■ 俳句の世界――発生から現代まで

 
 

司馬遼太郎●坂の上の雲(一)

 

 

 

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