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2013.02.12

発掘本・再会本100選★獄門島│横溝正史

20130210

ましてや獄門島のような特殊な島、海賊の末よ、流人の子孫よと、まわりの島々から、排斥されるところからつねに他国人に対して、人一倍はげしい敵意をいだいているこの島で、

もしも事件が起こった場合、警察当局がどのように手を焼くか、それは思いなかばに過ぎるものがあるだろう。

ところがそこに事件が起こったのである!

しかも、ああ、それはなんという恐ろしい事件だったろうか。えたいの知れぬ悪夢のような人殺し、妖気と邪知にみちみちた、計画的な一連の殺人事件、まことにそれこそ獄門島の名にふさわしい、なんともいいようのないほど、異様な、無気味な、

 

そしてまた不可能とさえ思われるほど、恐ろしい事件の連続だったのである。

しかし、これを読まれる諸君が早合点をしてはいけないから、ここに一応ことわっておくが、獄門島とて絶海の一孤島ではないのである。

□獄門島│横溝正史│岩谷書店│1949年//文庫版:角川書店│ISBN:9784041304037│1971年3月│評価=◎おすすめ

〈キャッチコピー〉
獄門島――江戸三百年間流刑の地とされてきたこの島へ金田一耕助が渡ったのは、戦友、鬼頭千万太の遺言ゆえであった。「3人の妹たちが殺される……、おれの変わりに獄門島へ行ってくれ……」
後世の推理作家に多大な影響を与え、今なお燦然と輝く、ミステリーの金字塔!

〈ノート〉
先日読んだ北村薫『読まずにはいられない』(2012)で、横溝正史の『獄門島』は代表作中の代表作である、と絶賛していたので、読まずにはいられない、とさっそく読んだ。手元の角川文庫は奥付に、1971年初版、1996年60版、2002年改版12版とある。

「見立て」をウィキペディアで引いてみると……。
――ミステリー分野では見立て殺人と呼ばれる類別が存在する。例えば横溝正史の金田一耕助シリーズには見立てによる殺人現場がしばしば顔を出す。代表作の1つ『獄門島』では三人の被害者がそれぞれ三つの俳句の見立ての形で殺される。殺した少女の足を帯で縛り、庭の桜から逆さ吊りにしたのは「鶯の身を逆さまに初音かな」(其角)の見立てであった。

他の2句は、芭蕉の句。
むざんやな冑(かぶと)の下のきりぎりす
一つ家に遊女も寝たり萩と月

第1作『本陣殺人事件』(1947年)では、昭和12年、金田一25、6歳の青年だったのが、本書ではニューギニア戦線を経て、昭和21年、34、5歳の金田一は戦友の手紙をもって獄門島に現れる。

『獄門島』は、金田一耕助シリーズの第2作、探偵雑誌「宝石」(岩谷書店)に連載され、1949年に同社から出版された。以来、半世紀にわたり読者を獲得し続けている。

文庫版に「本書中には、今日の人権擁護の見地に照らして、不当・不適切と思われる語句や表現がありますが、作品発表時の時代的背景と文学性を考え合わせ、著作権継承者の了解を得た上で、一部を編集部の責任において改めるにとどめました。(平成8年9月)」とある。

一部改めたとあるが、全体の文章は、たとえば句読点を増やす、漢字をひらかなにする、などの手が加えられているのだろうか。横溝特有のおどろおどろしい表現はともかく、戦後間もなくに書かれたと思われない読みやすい文体である。この読みやすさが読み継がれている一因ではないか。

当方が初めて金田一耕助に接したのは、『悪魔が来りて笛を吹く』で、職場の同僚が貸本屋から借りてきたものだった。当時町には貸本屋があり、田舎住まいの当方はうらやましくて仕方がなかった。以来、当方は、明智小五郎よりも金田一耕助のファン。

〈読後の一言〉
最終章で金田一耕助、失恋。「旦那も旦那だ。なにをそのようにしずんでいなさるんだ。東京へ出てごらんなせえ、あんななあザラだ」。

〈キーワード〉
金田一耕助 見立て 俳句

〈リンク〉
横溝正史/新保博久■ 横溝正史自伝的随筆集

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