平野義昌★海の本屋のはなし――海文堂書店の記憶と記録
神戸の“海の本屋”海文堂書店は2013(平成25)年9月30日閉店廃業いたしました。〔…〕
閉店に際しましては多くの方々にありがたいお言葉をいただきました。敗北者、消えゆく者には身に余る光栄でございました。感謝を申し上げます。
あのとき、なぜ皆さんから暖かく見送っていただけたのか、私は今もよくわかっておりません。
新聞が一面で取り上げて、さらに特集コラムの連載までしてくれました。なぜそんなにニュースになったのでしょうか。〔…〕
そんなにエエ本屋やった?
エエ本屋やったら潰れませんがな。漬しませんて。
そう思いながらも、“海の本屋”はどんな本屋だったのか、本屋の歴史を振り返ってみます。
★海の本屋のはなし――海文堂書店の記憶と記録│平野義昌│苦楽堂│ISBN:9784908087011│2015年07月│評価=○│最後の店員が綴る99年の歴史と一緒に働いた仲間たちの声。
神戸の海文堂書店は、2年前の2013年9月末に廃業した。若いころ週末の書店めぐりは、三宮から元町へ、コーベブックス、流泉書房、漢口堂書店、日東館書林、丸善神戸元町店、海文堂書店、宝文館書店の順だった。最後の砦が消えた。
平野義昌『海の本屋のはなし』は、サブタイトルに「海文堂書店の記憶と記録」とあるが、廃業前の10年務めた元書店員による社史ふう備忘録である。巻末の年表はよくぞまとめたと思う貴重なもの。
「そんなにエエ本屋やった?エエ本屋やったら潰れませんがな。漬しませんて」と著者は自虐的に描くが、エエ本屋だって潰れる、なぜ潰れたかを書いてほしかった。人々が本、から情報を得る時代ではなくなった、が唯一の理由だろう。
以下は、当方の私的な思い出、当方の備忘録である。
海文堂といえば、1960年代、当時まだ木造の継ぎ足し建物だった気がするが、2階の奥にガラス張りの出版部の部屋があり、5、6人の社員がいた。さらに奥に事務所があった。
職場へ雑誌など配達してくれるのだが、ときどき清水さんという経理の女性が請求書をもって職場へきて、ついでに広辞苑新版の予約をとったりしていた。当方、出版部に友人がいたこともあり、書店事務所の清水さんを何度か訪ねた。そういえば神戸の書店数社の共同出資によって、地下街さんちかタウンにコーベブックスという書店ができたとき、海文堂は姉妹店だと宣伝しひんしゅくをかったことがある。
それはともかく海文堂が廃業すると決まってから、地元神戸新聞は大騒ぎした。最初の記事は「インターネット書店の台頭や周辺に大型店、新古書店の出店も相次ぎ、経営不振が深刻化していた」と書いているが、インターネット書店の台頭はともかく、海文堂の「周辺に大型店、新古書店の出店も相次ぎ」という事実はない。また「長く神戸の活字文化の発信拠点だった」と褒めすぎたのはいいとして、かつてここに出版部があり海事図書の発行を続けたことが触れられていないし、神戸発の書籍の名もない。
神戸新聞文化部は、おそらく記者は2名か3名だろうが、読書欄(ほとんどは共同通信の配信)で独自記事といえば高名な俳人の孫娘の初句集を大きく取り上げたり、OB記者に書評を書かせたり、女性部長はまことに傍若無人。廃業から半年後には「海文堂書店“復活”を神戸市が検討。基金創設や財政支援」というトバシ記事で、久元喜造市長が「行政が関わる形で書店を復活できないか」云々と書き、あわてた市長は自らのブログでこれを否定した。ちなみに店舗はドラッグストアになった。
海文堂の廃業は、単に書店経営という面からではなく、街の立地からの問題がある。元町商店街の1、2丁目は大丸、南京町とともに賑わいを見せているが、4、5、6丁目はハーバーランドに客足をとられ、海文堂のある3丁目は中突堤への観光客の通路となっているものの人出は微妙である。夜も早く、通勤客も少ない。神戸新聞の記事はそういう視点がない。
いまの神戸の書店は、ジュンク堂のひとり勝ち状態。だがこの書店、地域密着といいながら零細書店をつぶし、自らも客足が落ちればたちまち撤退する。大企業の傘下に入ったものの一時のパワーはない。いくら大型路線を貫いても、読書人口はとめどもなく減少している。
海文堂といえば、出入り口が2か所あり、海事本は別として児童書と地元本が多いのが特色。ときどき「2階ギャラリーで〇〇展を開催中です」のアナウンスが流れ、上がってみれば古本屋があったり、売り場を広げるという発想より“文化”にこだわった。ニュータウンへの進出を打診され、当時の社長は乗り気だったが、取次がイエスと言わなかった。照明を節約した薄暗い店内なので、新刊書がピカピカに立ち上がってこない。中央カウンターはいつも閉じられ店員はほかの作業中。店員がいくら矜持をもっていても、時間がゆっくり流れるレトロな空間であった。
廃業で大騒ぎしたのはメディアと客の郷愁に過ぎなかったと思う。帆船のペン画の二つのブックカバーがなつかしく、いとおしいと思うように。
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