清水潔★騙されてたまるか――調査報道の裏側
記者会見場を見れば一目瞭然。記者たちはノートパソコンをずらりと並べ、発表者が口を開けば、一斉にキーボードをカチヤカチヤと打ち出す。
今の記者にとって「高速ブラインドタッチ」は職業上不可欠の技術である。発表者の一言一句を漏らさず記録することを、業界用語で「トリテキ」と言う。「テキストを取る」というところから来たらしい。〔…〕
話の内容を高速ブラインドタッチで「トリテキ」しなから、その内容を完全に理解、把握した上で、裏や矛盾について鋭い質問をするなど、どたい不可能な話であろう。少なくとも私には無理である。〔…〕
懸命な手作業をすれば脳の思考力は低下してしまう。
本来、記者に求められているのは、一方的に発表された情報を一言一句漏らさず届けることではない。
自分の頭で考えて内容を精査して、読者にとって重要なことを届けることである。
疑問があればその場で聞き、解消しなければならない。
★騙されてたまるか――調査報道の裏側│清水潔│新潮社│ISBN:9784106106255│2015年7月│評価=◎おすすめ│桶川事件、足利事件のジャーナリストが報道の原点を問う。
上掲の記者会見場での発言を、いっせいにパソコンに打ち込む姿は、しばしばテレビニュースで見かける。今やこういう作業を経なければ記者になれないのか。これでジャーナリストに育つのだろうかと思う。
著者は本書でも別の著書でも、「僕らは事件記者じゃないんです。警察に詰める警察記者なんですよ」というある記者の発言を紹介している。「なるほど、と私は附に落ちた。私は事件を追う。記者クラブ員は官庁を追う」。
本書は、『桶川ストーカー殺人事件――遺言』『殺人犯はそこにいる――隠蔽された北関東連続幼女誘拐殺人事件』の著者による報道の現場を伝えた“回顧録”である。
桶川ストーカー殺人事件では、警察より先に犯人を特定し、さらにはストーカー法制定の契機をつくった。また、連続幼女誘拐殺人事件でも犯人を特定するとともに、「足利事件」の菅家さんの冤罪を救った。
これらの輝かしい功績もさることながら、声高に正義を叫ぶのではなく、じっくりと事実に向き合う“職人的”ジャーナリストとして、函館ハイジャック事件、群馬パソコンデータ消失事件、北海道図書館職員殺人事件などで、ジャーナリストの本領を発揮。本書ではその取材方法を明らかにする。
「私がこれまで執筆した本や記事では、いずれも取材の裏側や経緯を可能な限り示してつもりだ。〔…〕その理由は、情報の信憑性を担保するためだ。だが、別の理由もある。そのプロセスが若いジャーナリストたちの参考になればと思っているからだ」(本書)。
清水潔■殺人犯はそこにいる――隠蔽された北関東連続幼女誘拐殺人事件
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