岡映里★境界の町で
2011年6月、何度目かの「警戒区域」に連れて行ってもらうときに、原発作業員の親方の彼が私に言った。
「岡、ここで写真なんか撮っても放射能は写らねえからな。お前、単に20キロ圏にハマってるだけだろう?
ここはシャブと同じぐらい、ハマるとやばいぞ」
「輿味本位」。正直に言えば、私がはじめに福島に来たのは「興味本位」からだった。
★境界の町で│岡映里│リトル・モア│ISBN:9784898153864│2014年04月│評価=◎おすすめ│検問の設置された双葉郡楢葉町という境界の町。仕事のない週末になると、私はとりつかれたようにこの町に通った。
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3.11――、居ても立っても居られない、とブログに書き散らしたものなのか、と読み始めたが、個性的な人物が登場すると俄然ありのままの被災地のリアルなドラマが展開する。
ある町の「一時帰宅」。45リットルのゴミ袋に入るだけのモノしか持ち帰ることが許可されなかった。
――ある人は、無呼吸症候群の治療のための呼吸器を持ち帰った。
ある人は、家庭用カラオケセット。
ある人は、書きかけの自伝が保存されているノートパソコン。
ある人は、制作途中だったキルティング作品を持ち帰ってきたし、ある人は「ブランド物」の上着だった。〔…〕
その時私は、「選ぶ対象が家財道具ではなく、人間だったらどうなるのだろう」とも思った。私は誰かにとっての「45リットル」になれるのだろうか。(本書)
元ヤクザ。原発に作業員を入れる「人夫出し」の仕事を始めたのは5年前から。バツ3。「今、ビッグチャンスなんだよ。これからは仕事広げてがれきの撤去もやる。瓦礫は、1軒壊すのに200万。でも瓦礫を引き受ける業者に100万払わなきゃならない」
その父。町のことばかりで家族のことは考えない楢葉町会議員。ボランティアとして走り回っている。「この町はもともと賛成派しかいないよ。でもよ、勉強すればするほど、“原発はダメだ”っていう結論しか出ねえわけよ」。やがて衆院選挙に打って出る。
一度も避難せずにいる「最後の住民」。93歳の寝たきりの母を動かすと死んでしまうからと警戒区域に住み続ける女性。「放射能は少しあるけどもね。今はパラダイスだと思うようにしているの」
週末になると高速バスに乗って被災地福島へ出かける編集者である著者。やがて東京に居場所がなく疎外感を感じ、他方福島でも「所詮私はよそ者でしかない」と。
――この町に住んでいた彼らはまるで裸を晒すように自分を晒して私と向き合ってくれた。
この町は、人も、風景も、何もかもが刺激に満ちていた。〔…〕
はじめは「輿味本位」だった私は、避難を余儀なくされても心折れずに前進しようとしている烈しい人たちを目の当たりにして、福島に取り込まれていった。私は、福島で出会った人たちが「他人」から「知り合い」になり、「大事な人」となっていくにつれて、「輿味本位」でここに来たことを忘れていった。(本書)
著者は、3度目の3.11からひと月ほど経った桜の季節に、躁うつ病(双極性障害)を発症する。しかし「彼」たちを記録したい思いは、ヒューマンな喜劇として映像がそのまま立ち上がってくるような見事な作品となって結実する。
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