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2016.01.04

発掘本・再会本100選★従軍慰安婦・続従軍慰安婦│千田夏光

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満州(中国の東北地方)に生まれ育った私は或る年の夏、大連から長春へ旅行した。夜汽車であった。満員であった。通路にも新聞紙を敷いて人々が寝ていた。

夜中になると、便所へたつ人が、その人たちをまたぎながら通っていった。その人たちはしばしば足を踏まれていた。すると、私の横で寝ている一人が並んでいる一人に言った。

「汽車の通路って朝鮮に似ているね」

「どうして」

「人々は通りすぎるだけ、何も与えてくれない。足を踏んでいくだけだ」

そんな会話であった。アクセントから朝鮮人であることはすぐ分かった。だが、考えていくと、彼女らは足を踏まれただけではなかった。人生を踏まれたのであった。

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■従軍慰安婦・続従軍慰安婦│千田夏光│双葉社│19731974/文庫版:講談社│1984.111985.12│評価=◎おすすめ

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  慰安婦のことを、一冊の本を使ってクローズアップしたのは、千田夏光『従軍慰安婦――“声なき女”八万人の告発』(1973)がおそらく初めてであろう、と朴裕河『帝国の慰安婦』(2014)にあり、おそらくその頃であれば“政治色”のない本だろうと探し出した。

 

毎日新聞の記者であった千田夏光が、写真集『日本の戦歴』(1964)を担当したとき、兵隊とともに行軍する朝鮮人らしい女性の写真数葉を見つける。

 

「頭の上にトランクをのせている姿は朝鮮女性がよくやるポーズである。占領直後とおぼしい風景の中に和服姿で乗り込む女性。中国人から蔑みの目で見られている日本髪の女性。写真ネガにつけられている説明に“慰安婦”の文字はなかった。が、この女性の正体を追っているうち初めて“慰安婦”なる存在を知ったのであった」(本書)。

 

そして証言を求めて調査を開始し、ほぼ10年後に『従軍慰安婦――“声なき女”八万人の告発』(1973)、『続従軍慰安婦――償われざる女八万人の慟哭』(1974)が刊行される。そのなかにこんな一節がある。

――冷厳なる数字としてこんにち示し得るのは、元ソウル新聞編集局副局長で現在は文教部(文部省)スポークスマンを務めておられる、鄭達善氏が見せてくれた一片のソウル新聞の切り抜きだけである。そこには1943年から45年まで、挺身隊の名のもと若い朝鮮婦人約20万人が動員され、うち“5万人ないし7万人”が慰安婦にされたとあるのである。(本書)

 これは「挺身隊に動員された日韓の女性は約20万、そのうち韓国女性は57万」という記事を千田が誤読したとの説がある。ここから挺身隊=慰安婦という誤解が生じ、また韓国挺身隊問題対策協議会」(挺対協)の「日本軍によって強制的に連れていかれて性奴隷となった20万人の朝鮮人少女」という説が世界に流布されるに至る。

 

なお、続編において「従軍慰安婦とは、旧日本軍が戦場における兵士の性欲を処理させるために使った女性のことであり、敗戦の時点、つまり昭和20815日現在で、彼女らは推定8万余人いた。〔…〕うち朝鮮女性は推定65千人であった」と書いている。

 ところで従軍慰安婦は、性病蔓延による戦力低下の防止(上海の兵站病院に2千人の花柳病患者が入院していた例)と地域住民の治安維持(南京進撃途中の暴行、略奪、強姦の例)のために発想されたものだという。

――慰安婦という女性をつれ戦場から戦場に移ったのは、近代国家の軍隊では日本軍が唯一のものだった。しかし、それも理由をもとめていくと、米軍は軍事力経済力に物を言わせ、一回戦を終了した段階、もしくは作戦が一段落した段階で、部隊を後方の歓楽地へ後退させ、新手の部隊を前線に送っていくのに対し、日本軍にそうした軍事的経済的ゆとりはないことにあった。(本書)

 

朴裕河『帝国の慰安婦』では、元慰安婦の証言が、たとえば、「日本人の男が見せてくれた赤いワンピースと革の靴が子供心に本当に嬉しくて、ついあとさき考えずについていくことになった」が、「日本軍の刀に威嚇された女性が自分を呼び出し、抱きかかえるようにして連れていった」などと時間経過によって証言の変化することが記述されている。

“記憶は作られる”にしても、本書刊行の1973年と2016年の今とはずいぶん違う。しかし千田が書いた上掲の「だが、考えていくと、彼女らは足を踏まれただけではなかった。人生を踏まれたのであった」という記述は、今も生々しく響く。記憶し続けなければならない言葉である。

同時に201512月、日韓両政府による従軍慰安婦問題の合意に基づく解決策が「最終的かつ不可逆的」であることを願うばかりである。

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