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2016.01.23

矢野誠一■小幡欣治の歳月

20160123

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菊田一夫亡きあとの商業演劇作家のトップとして君臨していた小幡欣治が、戯曲『熊楠の家』の筆を執ったのは、

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劇作家としてのおのが原点である新劇への回帰の念からであったのは間違いない。

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人気役者のキャラクターにあわせた、多数の観客を動員できる台本づくりという、強いられた大きな制約を絶えず克服しなからきわめて良質な作品を生みつづけてきた実績を、そうした制約とは無縁の、しかも自分の出発の地である新劇の世界で発揮したいという、これはもう衝動と言ってもいい思いから南方熊楠なる類いまれな傑物にのめりこんでいったのだ。

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たまたまその新劇にあっても大劇団とよばれる民芸からはなしのあったことに、大きな喜びを感じたことも想像に難くない。

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こうして完成した傑作戯曲が、劇団という組織のかかえた事情によって、二年間も上演されずに棚上げされたことが、劇作家の自尊心をいたく傷つけるところとなる。

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■小幡欣治の歳月│矢野誠一│早川書房│ISBN 9784152095077 201412月│評価=○

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 本書は、劇作家小幡欣治(1928年~2011)との53年に及ぶ交遊を記録したものである。著者の日記をもとに畏敬する7歳上の小幡を描くが、年譜も作品目録もないから、評伝や作家論を意図したものではない。

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 小幡欣治は、小劇団炎座に属していたが、五味川純平『人間の條件』の脚本で一躍脚光を浴び、これを契機に菊田一夫の東宝現代劇へ移る。「日本で芝居を書くだけでめしの喰えるのは、小幡欣治ただひとり」(阿木翁助)といわれた。代表作に『あかさたな』『横浜どんたく』『三婆』『喜劇 隣人戦争』など。

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 商業演劇に筆をとったことを「志と魂を売ったような目」で見られ、小幡は「面白い芝居に新劇も商業演劇もないとした」と著者は書く。にもかかわらず『熊楠の家』以降8本の戯曲はすべて劇団民芸のために書かれた。

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「新劇への見果てぬ夢がそうさせたようにも受け取れるが、実はそうではない」と著者はいう。『浅草物語』『喜劇の殿さん』『神戸北ホテル』などむしろ商業演劇のほうが望ましいが、小幡の脚本料は最高額にランクされており、採算面で許容額をこえていたから、とする。なんだが納得がいかない記述だ。

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 落語を愛し、俳句を好む著書の洒脱な面が本書では見られず、あまりにも「小幡あにさん」に付きすぎて、贔屓の引き倒しが前面に出すぎた。たとえば『熊楠の家』の主役米倉斉加年との軋轢、これへの出演を断った三木のり平への意地の悪い視線。さらに長年の俳句仲間江国滋『おい癌め酌みかはさうぜ秋の酒』の紹介に、小幡の『根岸庵律女』の「とくに文学者が、命を売物にするんは卑しい」という一節まで引用して、江国をおとしめるのはいかがなものか。

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もっとも著者はあとがきでこう書く。

 ――若干恣意に委ねた記述に流れたきらいのあるのを、認めるに吝かではない。とくに言いわけのできない故人に対するくだりには格別に配慮したつもりだが、受け取り方によっては不快の念をいたかれるむきもあるかと思う。いたし方のないことだろう。

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 まことに近い場所に存在した小幡を書くために調査、取材をする必要がなかったためだという。そのためかたとえば俳人西東三鬼の名作『神戸・続神戸』を題材にした『神戸北ホテル』について、「予定されていた『神戸はきだめホテル』のタイトルは、三越側からふさわしくないとのクレームがついて、変更のやむなきにいたったようにきいてる」と書いている。

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しかし『神戸北ホテル――小幡欣治戯曲集』(2011)の解説にある演劇評論家渡辺保の言によれば、「この戯曲の題名ははじめ『右前方、福江島』であった」とのことである。「小幡欣治の仕事に(東宝時代に)製作者として付き合ってきたことがもはや自分の人生の一部だった」という渡辺保の文章は、べったりと密着した著者の小幡観に比べ率直でわかりやすい。小幡への矢野、渡辺の立ち位置は知らないが。

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 ――しかし基本的には書きたいものを書く自由が東宝にはなく民芸にはあった。民芸の戯曲九本は全て小幡欣治自身の企画であり、書きたいように書いたものであった。そこに東宝から民芸への移行の本質的な意味がある。(同解説渡辺保)

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 ついでに小幡欣治『神戸北ホテル』で当方がもっとも気に入った台詞……。

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――人間は生まれてくるとき、親を選ぶことは出来ない。同じように時代を選ぶことも出来ない。

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でも親は、暖かい心で子供を慈しみ、育て、大事に成長を見守ってくれるわ。でも時代は、人間が作るのに、私たちを慈しんでもくれなければ育ててもくれない。

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無慈悲で冷酷で無責任で、だれがこんな悲しい時代を作ったのか、なぜ私はこんな時代に生きなければならないのか、今でも私の心の中に熾火(おきび)のように残っている。戦地へ行っても、きっと消えることはないでしょう。(『神戸北ホテル』)

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 本書のオビに「矢野誠一の自伝ともいえます」とあるが、後半はとくに著者の演劇界交遊録のおもむきがあって、それはそれでおもしろい。

矢野誠一□さようなら――昭和の名人名優たち

小幡欣治■ 評伝菊田一夫

 

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