高橋三千綱■ありがとう肝硬変、よろしく糖尿病
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どこで倒れていようと、病院に担ぎ込むな。道端で発見されても家に連れて帰ってくれ。不幸にして病院に運ばれてしまっても決して延命措置だけはしないでほしい。〔…〕
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できれば死ぬ間際には少し呆けていたい。
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これは宇宙の偉大なものから人間に授けられた、死への恐怖から逃れるただ一つの道なのだ。
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しかし強制的に痴呆症にすることはできないだろうからこれは無理な注文かもしれない。
それから痛み止めを打ってもまだオレに意識があるようだったら、そっと一本欄酒をつけてくれ。オレは肝硬変なのでひと口呑めば昇天するようにできている。
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■ありがとう肝硬変、よろしく糖尿病|高橋三千綱|幻冬舎|ISBN:9784344028821|2016年1月|評価=○
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2008年4月、1年前にアルコール性の肝炎と診断された近くの医院でこの日「こんなひどい数値はみたことがない」といわれる。そして2015年10月までの間に、糖尿病→アルコール肝炎→肝硬変→食道静脈瘤→食道癌→胃癌、ついにリビングウィルを書くに至るまでの生活と病気の記録ふうな小説である。
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もとはといえばアルコール依存症。病院、医師、製薬会社に悪態をつき、妻や娘、友人たちに甘え、しかし作家であるからには執筆をつづけ、生きがいである競馬馬を飼い、ゴルフもやり、犬をかわいがり、そして酒から離れることができず――。
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呑めないのなら死んだほうがましだ、だからこれは自業自得で自己完結、つまりは自分から望んだこと、しかし自殺願望ではない、と医師に告げる。
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「アルコール性肝炎になっても酒をやめなかった理由はとても酒好きだったからです。酒があったからこそ他のことにも積極的になれたんです」
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そしてこんな一節……。
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「なんというか酒場漂流するのが居心地がいいんです。北陸の雪の降る夜道を歩いていて、ふと闇がほの白く染まった中に赤提灯がポッンと灯っている風情に出会ったときのほっとした気持はなにものにもたとえようがないくらい幸せなんです。身体の底のさらに底の暗く凍えたところにポッと灯がともるんです」
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“病いこそエネルギー”とした壮絶にして切なさ漂う作品である。
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