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2016.12.27

貴田正子■香薬師像の右手――失われたみはとけの行方

20161227

「こちらでございます」

 井上師は木箱の蓋をスライドさせ、中のものを取り出した。いきなりパタッと、苦心して探し続けた香薬師の右手が目の前に置かれたのである。右手は特製の台座に形よく載っていた。

  定観住職の「かわいらしい」という、つぶやき声が聞こえた。手首だけを見ると、驚くほど小さい。

 本当にかわいらしいが、黒い小さな右手は、千三百年前の白鳳時代の風格を確かに放っていた。

 手」と書かれた箱には、佐佐木茂素の箱書きがある。

 新薬師寺香薬師御手也故有テ昭和廿五年首夏此箱ヲ造り奉安ス

 佐佐木茂索謹誌〔…〕

  箱書きはもうひとつあった。「平成十二年十二月一日佐佐木茂索氏命日に夫人泰子慶寺奉納 禅定謹誌」と書かれている。

 

 香薬師像の右手――失われたみはとの行方貴田正講談社201610月|ISBN: 9784062202893|○

  今朝(2016.12.27)の新聞に、重文「香薬師像」の右手発見の記事が出ていた。本書の奥付が2016.10.12なので、なぜ今頃と思ったが、記事を読むと、「奈良国立博物館が26日、報道陣に公開した」というものだった。本物と断定したということだろう。

  奈良新薬師寺の香薬師立像は、白鳳の傑作といわれる仏像。明治231890)年と441911)年の2度盗まれ、最初は本体も離れた落ちた右手がみつかり、2度目は本体の両足が足首から切断されていた。さらに昭和181943)年に3度目の盗難。右手は寺に残されていたものの、本体は現在も不明のままだ。

  その後、右手が行方不明になっていたが、平成272015)年5月、本書の著者(元産経新聞記者)らによって発見され、このほどその右手(長さ9.6センチ。残念ながら中指の先が欠けている)が公開された。本書は、その長い経緯を記したノンフィクション。

20161227_2

 上掲の場面の井上師は右手を保管していた鎌倉の東慶寺住職井上陽司師、定観住職は盗まれた香薬師像の新薬師寺住職中田定観師。

  著者と香薬師像とのかかわりは、約20年前に茨城県笠間市に香薬師像など国宝の石膏コピー仏像ばかり集めた美術館があったと知ったことに始まる。複製3体にまつわる話、上掲右手発見の話など、まことにスリリング。

  だが、著者の夫である貴田晞照大峯山修験者が、唐突に、香薬師さんの右手は東慶寺にあると断言したり(その通りだったのだが)、著者が黒い木箱を開けた瞬間、ただならぬ妖気を感じたり(中に「薬師如来右手古疵ヨリ折口ノ形状」という写真があり、切り離された右手が写っていた)、気の世界の病治しを実践する夫の貴田が、香薬師の右手に教え導びかれるように発見に近づいたり、とまあ不可思議な展開に戸惑いもある。が……。

  ――おそれなくていい――施無畏の右手は、古代の薬師如来からの大きなメッセージである。香薬師の右手の出現によって、病に苦しむ人、さまざまな困難に遭遇している人など、多くの人々が癒やされていくにちがいない。(本書) 

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